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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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ウアブの食作用は独自に進化した結果か?

ウアブはどんな特徴を持ったバクテリアなのだろう?そこからまだナゾの多い進化の歴史を解明する手がかりは得られるのだろうか?

「ウアブはバクテリアの中でプランクトミケス門と呼ばれるグループに所属していて、このグループはバクテリアの中でも変なものがたくさんいることで知られていますが、これまで食作用はまったく知られていませんでした」

ウアブの食作用と真核生物の食作用とで、何か違いはあるだろうか。
「電子顕微鏡で詳細に観察したところ、ウアブは、ほかの生物と接触すると、接触したところがくぼんで袋のようになってその生物を丸ごと包み込みます。捕食された生物は細胞内部に向かって貫入した膜で区切られた領域に取り込まれ、その中で分解されることがわかりました。これは真核生物の食作用も同じです。ただし大きく違うところがあって、真核生物の食作用の場合は細胞膜1枚がくぼんで生物を包み込んでいきますが、ウアブはバクテリアなので、細胞膜の外側にも外膜があり、食作用のときにはこの2枚の膜が一緒にくぼんでいきます。だからウアブの食作用は、真核生物とまったく同じというわけではなく、独自のシステムがあるのではないかと考えられます」

また、ウアブは細胞に柔軟さがあり、まるでアメーバのように運動することも特徴だという。
「バクテリアがアメーバのように形を柔軟に変形させながら動くなんて聞いたことがありません。動くバクテリアとしてはバクテリア鞭毛が知られていますが、細長い糸のような細胞付着物が動くのであって、細胞自体がクネクネと動くわけではありません。ほかにも滑るように動くものもありますが、これも同じ。ウアブのように柔軟に運動するにはエネルギーが必要なはずで、食作用によって栄養分を摂取し、効率よくエネルギーを使っているのだと思います」

ウアブの細胞内部には真核生物に見られるような発達した繊維状の構造が観察された
(2019年12月11日付ニュースリリースより)

さらに石田先生らは、ウアブの真核生物のような特徴が何によってもたらされたかを明らかにするために、ゲノム解読を行った。

「ウアブは約960万塩基対からなるバクテリアとしては比較的大型のゲノムを有していて、その中には6600個の遺伝子が存在することがわかりました。ウアブが真核生物のように食作用を持つようになったのは、何らかの理由で真核生物から遺伝子が移ってきて起こる水平伝播*の可能性が考えられますが、真核生物の食作用に関係のある遺伝子や、水平伝播に由来すると思われる遺伝子はほとんどみつかりませんでした。唯一、真核生物に特有とされるアクチン様の遺伝子が見つかりましたが、その起源を調べたらアーキアのアクチンに近いものでした。アクチンだけで食作用ができるかというとそうではないと思われるので、真核生物からの水平伝播は今のところ否定されています。つまり、ウアブが独自に真核生物のような特徴を獲得したと考えられるのです」

*遺伝子の水平伝播
外来DNAを取り込むことで、個体間や他生物間において起こる遺伝子の移動のこと。親子関係での遺伝子の移動は垂直伝播

今後の課題は、まずウアブの食作用にどんな遺伝子やタンパク質が関わっているのかを解明すること。また、ウアブのほかに同じような特徴を持ったバクテリアがいないかの探索も重要で、サンプルに含まれている環境DNA*やデータベースを調査し、近縁種の実態を調べていく予定だ。
「これらが解明できれば、どこで食作用を獲得したのかなど、私たちヒトの祖先である真核生物の誕生という生命の進化史におけるナゾの解明にもつながるのではと考えています」

*環境DNA:海や川、湖沼、土壌などのさまざまな環境中から採取される生物由来のDNA。動植物の排泄物や組織片などに由来するDNAの断片を採取し分析することで、生物の在不在や分布、生物量・個体数の推定をはじめ、遺伝情報などの膨大なデータを得ることができる。