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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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他の生物を丸飲みするバクテリア発見!藻類・原生生物から進化の道筋の解明に挑む~“プロティスト・ハンター”石田健一郎先生を訪ねて~

原核生物でありながら、大型で柔軟な細胞を持ち、他の微小な生物を丸ごと細胞内に取り込んで消化する、真核生物の食作用に似た機能を持つバクテリア(細菌)を発見したのが筑波大学・石田健一郎先生の研究室。原核生物から真核生物への進化を探る上で、極めて重要な発見と注目されている。
大学院生時代に新種の藻類を発見して以来、“プロティスト(藻類・原生生物)ハンター”としてミクロの生物の探索・研究を続ける石田先生にお話をうかがった。
パラオの海中で見つけた「ウアブ」

2020年のお正月明けに日経新聞を見ていたら、不思議な写真が目に留まった。ドーナツのような丸いもごもごしたものの真ん中に、ピーナッツのようなものがある。「ん?」と本文を読むと、筑波大学の石田健一郎教授らの研究チームが、西太平洋のパラオの海中で他の単細胞生物をまるごと捕食する新種のバクテリア(細菌)を発見したという。バクテリアは細胞も小さいし、他の生物を取り込む能力はないと考えられてきたのではなかったか?
もっと詳しい話が聞きたい!と、筑波大学の石田研究室を訪ねた。

新種のバクテリアが、中央部をへこませて他のバクテリアを取り込む様子

石田研究室では、藻類や原生生物の多様性と進化を研究している。
「パラオには氷河期の終わりに海面が上昇してできた海水湖がたくさんあり、独自の生態系が形成され固有種が数多く確認されることが知られています。そこで15年ぐらい前からフィールド調査に出かけ、サンゴ礁の下の泥や砂、サンゴの表面、貝殻、海水などいろいろなサンプルを採ってきては、培養して調べるといった作業を進めていました。
あるとき、パラオの海水から培養した株を電子顕微鏡で観察していた白鳥峻志君が、培養容器の培地の中に、これまで見たことがない生き物がいることを報告してくれたのです」

その生物は、直径が5-10ミクロン程度とバクテリアにしては大きく、アメーバのように動き回ってはほかのバクテリアをパクパクと食べて増えている。DNAをとって解析したところ、真核生物のような食作用(ファゴサイトーシス)をもつ新種のバクテリアだということがわかり、パラオの神話に出てくる大食いの巨人Uabにちなんで「Candidatus Uab Amorphum」(略称:ウアブ)と名付けた。

ウアブが運動する様子。大きなものがウアブで、楕円の小さいものがエサとなるバクテリア。ウアブは細胞を柔軟に変形させながら運動している(40倍速)

ウアブが他のバクテリア(緑色)を食べる様子の動画(20秒)

「培養にあたっては藻類用の培地を使っていました。そこにたまたまエサとなるバクテリアが含まれていて、ウアブはそれを食べて増えたのだと考えられます。バクテリアを研究している人だったら、寒天に栄養を入れて、そこに出てきたコロニーを調べていくでしょうが、そういう培養法だとウアブは育たないんです。藻類の研究の一環としてやったことが、ウアブの発見につながったわけですね」と石田先生。

「何よりも驚いたのは、ウアブはバクテリアなのにエサを食作用のような方法で捕食しているということでした。食作用は、真核生物特有の機能と考えられていて、真核生物にとって非常に大切な役割を担っています。例えば単細胞生物のなかでも真核生物であるアメーバはエサとなる微生物を捕獲しますし、ヒトなどの動物では、免疫系の働きの一つとして、貪食細胞の白血球が食作用によって病原体を除去しています。また、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士の『オートファジー』の研究も、細胞自身が不要なタンパク質を食べて分解する仕組みです。
さらに、ミトコンドリアや葉緑体の獲得もこの食作用が関わっているとされ、真核生物の進化を考えるうえでも欠かせない機能といえます。しかし、その起源はまったくわかっていなかった。ところが、原核生物のウアブが真核生物のようにエサを取り込んでいたのですから、興奮しましたね」

石田 健一郎(いしだ・けんいちろう)

筑波大学生命環境系・同大学院生命環境科学研究科 教授

1966年岐阜県生まれ。89年筑波大学第二学群生物学類卒業。96年同大学大学院生物科学研究科修了。理学博士。同年山形大学理学部生物学科助手。同年ブリティッシュコロンビア大学植物学科でポスドク。2002年金沢大学理学部生物学科講師。04年同大学大学院自然科学研究科助教授。06年筑波大学大学院生命環境科学研究科構造生物科学専攻准教授。11年同大学生命環境系教授。17年より同大学山岳科学センター長を兼務。