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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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植物免疫の攻防フェーズ2
「エフェクター誘導免疫」で自爆

なんて巧妙で悪辣な病原菌! これでは植物もタジタジ…と思いきや、植物だって負けてはいない。ここから始まるのが植物免疫をめぐる攻防の第2フェーズである。

植物は病原菌が送りこんできたエフェクターを検知する新たな受容体を細胞内に用意している。それが『NB‐LRR型受容体』と呼ばれるもので、これがエフェクターを検知して強い防御反応が誘発される。すなわち「エフェクター誘導免疫」だ。

「昔から、野生種からこれが入っていると病気に強くなるという遺伝子がいろいろ見つかり、病害抵抗性遺伝子として育種の分野で活用されていました。1995年ぐらいからそれらの病害抵抗性遺伝子の正体がわかり始めて、それがほぼすべて、NB‐LRR型受容体だったんです。NB‐LRR型受容体が病原菌のエフェクターを認識すると、『過敏感反応』といって細胞死を伴うような強い防御反応が起こります。『過敏感細胞死』と呼ばれる動物のアポトーシスに似たプログラム細胞死で、植物の細胞自身が死んでしまうことによって病原菌も一緒に殺してしまう。要するに自爆ですね」

「デコイモデル」と呼ばれる植物側の作戦もある。デコイというのは 狩猟で囮(おとり)として用いられる鳥の模型のことで、エフェクターが植物側の標的分子に近寄ってくるところをねらってニセの分子を用意しておく。エフェクターが間違ってニセの分子に結合すると、NB‐LRR型受容体が待ってましたとばかりに防御反応のスイッチをオンするのだ。

デコイって見たことある?鳥の模型のこと。
狩りでおとりとして使われてるんだ!

「ただ、NB‐LRR型受容体がエフェクターを認識するときのカギとカギ穴の関係は、非常に特異的で厳密なんです。だからカギの形がちょっとでも変わってしまうと認識できないため、免疫は誘導されません。農業というのはすごく特殊な状況で、例えば田んぼ一面がコシヒカリだったり、ジャガイモ畑がすべて男爵いもだったりと、遺伝子型が全部一緒です。ヒトが100人いて、ある人が病原菌に感染しても隣の人は免疫が違うのでかからないかもしれないけれど、農業では、受容体に認識されない菌が発生すると、畑全部がやられてしまう。頑張って品種改良して10年くらいかけて耐病性育種を育ててきても、だいたい3~4年で菌が進化して打ち破られてしまうこともしばしば。菌が捨て身でエフェクターをなくしたり、ちょっとアミノ酸配列を変えちゃったりすると、新たな病原菌がのさばることになるんですね」

こうした植物と病原菌の攻防のいたちごっこでは「ジグザグモデル」というモデルが提唱されているが、植物とウイルスとでも似たような攻防がある。

植物がMAMPs/PAMPsを認識してパターン誘導免疫(PTI)を誘導する。病原菌はエフェクターを進化させ、PTIを回避する。すると植物はエフェクターを認識して、エフェクター誘導免疫を発動。防御応答の強さが強くなるほど、過敏感細胞死を伴う強い免疫反応が起こる。こうしたいたちごっこを繰り返しながら、病原菌と植物は進化していく

「ウイルスに対しては、『RNAサイレンシング』という自己防衛が働きます。RNAサイレンシングとは、二本鎖RNAから生成される二十数塩基の短いRNA(small RNA(sRNA))を利用して、塩基配列特異的にRNAを分解する現象で、植物の組織や器官の分化において重要な役割を果たしています。この仕組みをそっくり応用して、ウイルスのRNAの高次構造の二本鎖RNAの部分や複製中間体としてできる二本鎖RNAから、ウイルスに特異的な配列をもつsRNAを生成し、ウイルスRNAを分解し、ウイルスの増殖を阻止するわけです」

これに対してウイルスの方も負けじと次の作戦に打って出る。カウンターパンチとしてウイルス側が繰り出すのが「RNAサイレンシングサプレッサー(RSS)」で、RNAサイレンシングを止める働きをするタンパク質を放出して対抗。するとさらにそのRSSに対して植物が過敏感反応様の細胞死で対抗したり、RSSをかく乱するような、あの手この手の戦略が待ち受けるのだという。