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植物の世界にも、病原微生物との攻防がある!「植物免疫」の仕組みとは?~近畿大学 植物分子遺伝学研究室・川崎努先生に聞く~

私たち人間と同じように、植物にも免疫があり、病原菌やウイルスなどの病原微生物と戦っている、というと驚くだろうか。動けない植物は、いったいどのように身を守っているのだろう? それに対抗する病原微生物の感染戦略は? 植物免疫を軸にした植物と病原微生物との興味深い攻防を、近畿大学農学部植物分子遺伝学研究室の川崎努先生にうかがった。
植物もパンデミックと戦ってきた

いまだ世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルス。「コロナ」とは王冠とか太陽のまわりの光の輪の意味で、このウイルスを電子顕微鏡で観察すると、表面にボール状となったトゲトゲのタンパク質が突き出ていて、それが王冠や太陽コロナに似ているというのでこの名前がついた。
自己増殖ができないウイルスは、表面に突き出たトゲトゲが動植物の細胞の受容体(レセプター)に取り付くことで細胞内に侵入していく。これがウイルス感染だ。

新型コロナウイルスだけでなく、スペイン風邪を引き起こしたインフルエンザウイルスやペスト菌など、人類はこれまでも体内に入り込んでくるさまざまな病原微生物の脅威にさらされてきたが、同じ生き物である植物もこうしたパンデミックと無縁ではない。

例えば、「平成の米騒動」といわれた1993年(平成5年)、長雨と記録的な冷夏によって、北海道から東北地方にかけて農作物が大凶作に見舞われた。なかでも深刻だったのが、イネにとっての重要な病害である「いもち病」の大発生だった。いもち病はカビの一種のいもち菌によって引き起こされる。気温が低めの20~25℃程度でかつ多湿な環境で発生しやすく、組織内に侵入した菌が植物の養分を奪って葉や穂を枯らしてしまうのだ。この結果、極端な米不足となってスーパーやお米屋さんの店頭から米が消えてしまう事態となり、タイ米等の外国産米を緊急輸入して急場をしのぐなど、食卓にまで影響が広がった。

いもち病に罹ったイネ

また、2009年にウメの名所として知られる東京・青梅市の吉野梅郷で、「ウメ輪紋ウイルス(プラムポックスウイルス)」と呼ばれるウイルスが国内で初めて見つかり、蔓延。感染を防ぐため、吉野梅郷のすべてのウメの木が伐採されたことがあった。

最近では2014年に、愛媛県をはじめ西日本各地でキウイフルーツの木を枯らす「キウイフルーツかいよう病」という病気が同時多発的に発生した。これは細菌が枝や新梢、葉、花蕾に感染して発生するキウイフルーツの病気で、2008年にイタリアで確認されて以降、ニュージーランドやチリなどの産地で感染が拡大。日本でも、従来よりも病原性の強い新型の病原菌によるかいよう病が発生し、全国一の産地である愛媛県に大きな被害をもたらした。

こうした感染症に、人間ならば、「ソーシャル・ディスタンシング」によって病原微生物に接触しないよう徹底したり、ワクチンを開発-接種して抗体を作りだして病気にかかりにくくするといった対策をとれるが、根っこを生やして動けない植物は、外から襲ってくる敵にどのように対抗してきたのだろうか?
実は植物にも「植物免疫」というメカニズムがあり、人間と同じように病原微生物と戦ってきた。とはいっても、植物は私たちのような免疫細胞を持っているわけではない。では植物はどのように免疫を誘導しているのだろう?

そこで今回は、植物免疫がご専門の近畿大学農学部生物機能科学科教授の川崎努先生に登場いただこう。先生は、植物の免疫機構やそれに対して病原菌が植物の免疫力を抑制する仕組みなどを分子レベルで研究。その成果を生かして、環境にやさしい耐病性技術の開発に取り組んでいる。

川崎 努(かわさき・つとむ)

近畿大学農学部生物機能科学科・同大学院農学研究科 教授

1965年福岡県生まれ。88年九州大学農学部卒業。90年同大学大学院農学研究科修士課程修了。同年三井業際植物バイオ研究所入所。96年奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)バイオサイエンス研究科助手。2000年米国・ノースカロライナ大学・生物学部に文部科学省在外研究員として留学。02年NAISTバイオサイエンス研究科助教授。07年同研究科准教授。10年より、近畿大学農学部バイオサイエンス学科(19年4月より生物機能科学科に名称変更)・同大学院農学研究科教授。専門は植物免疫。
研究室HP:https://www.nara.kindai.ac.jp/laboratory/kawasaki_lab/index.html