公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

3カ月のつもりが5年かかった細胞の「分化」の仕組みづくり

多細胞生物の始まりは1個の受精卵。受精卵が分裂を繰り返す過程で異なる種類の細胞へと分化していく。このときに欠かせないのが細胞間コミュニケーションだ。人間であれば「自分はA細胞になるから、あなたはB細胞になってね」と言葉や身ぶりで示すが、細胞同士が行うのは、さまざまな因子を介してのシグナル伝達。とくに多細胞生物の発生過程で重要なシグナル伝達経路の1つに「Delta‐Notchシグナル」がある。

「単細胞生物にも分泌物質を放出して、それを受け取るというコミュニケーションはあるのですが、Delta‐Notchシグナルは膜タンパクを介したコミュニケーションで、多細胞生物に特有のものです。しかも古くからメカニズムの研究が進んでいましたから、人工的なパーツに置き換えて細胞が分化する仕組みをつくるのなんて、3カ月ぐらいでできるだろうと思っていたのです。ところが、導入した遺伝子部品がちっとも思うように動いてくれない。遺伝子の発現ひとつとっても、AがBをオンにしてほしいのにオンにならなかったり、オンにすることはできても、発現量のコントロールができなかったり。そこですべてを人工的につくるのは無理だから、自然界にもともとあるシグナリングを利用することにして、ただし導入する培養細胞には備わっていない仕組みを組み込む作戦に変更しました。DNA配列をどうするか、転写を制御する因子はどれを使うかなど試行錯誤を繰り返し、結局5年ぐらいかかりましたね」

こうして完成したのがわずか4つの遺伝子部品からなる、Delta‐Notchシグナルを単純化した人工遺伝子ネットワークである。これを培養細胞に導入し、隣り合う同じ種類の細胞が遺伝子発現のわずかな違いを細胞間コミュニケーションによって増幅しあい、異なる2種類の細胞へと「分化」させることに成功した。

人工遺伝子ネットワークを導入した細胞が分裂し、2つの異なる娘細胞に「分化」する様子を再現した動画

Delta-Notchシグナルを模倣した人工遺伝子ネットワーク。4つの遺伝子部品で構成され、Delta遺伝子の発現を抑制しあうことができる仕組みになっている。この人工遺伝子ネットワークを、Delta-Notchシグナルによる細胞間コミュニケーションの仕組みを持たない哺乳類細胞上に人工的に導入したところ、分裂直後は同じ娘細胞が、細胞間コミュニケーションによって赤い色の細胞(Delta陽性・Notch不活性)と、緑色の細胞(Delta陰性・Notch活性)という異なった細胞に変化する様子を再現することができた。

◎詳しくは、「均一な細胞集団に自発的に違いを生み出す仕組みを再構成」ニュースリリースへ
https://www.riken.jp/press/2015/20150205_1/

1つの細胞が分裂し、赤と緑の2つの細胞に「分化」した

分裂したばかりのころは同じ色なのに、しばらく経つと、赤と緑の細胞になったよ!

2つ目の「パターン形成」も生き物のからだの成り立ちを知る上で重要なキーワードだ。たとえばシマウマや魚の縞模様、キリンやチーターのまだら模様がどうしてできるのかというと、分化した細胞が一定の法則性を持って配置され、それによって模様が形成されるからだ。イギリスの天才数学者アラン・チューリングは、拡散する速度が大きく異なる2つの分子がお互いに反応しながら拡散すると、分子の相互作用によって分子の濃淡の波が発生し、その波によって生き物の形や模様が生み出されることを提唱。それを数式で表したものが「反応拡散パターン」と呼ばれる。

「生き物の発生プロセスで見られる反応拡散パターンを、培養皿上で再現してみようと取り組んだのが、私たちのグループの関根亮二研究員です。ここではNodal‐Leftyシグナルと呼ばれる反応拡散系の回路を模して、5つの遺伝子部品からなる人工遺伝子回路をつくりました。この回路を哺乳類培養細胞に組み込み、反応拡散パターンを構築することに世界で初めて成功。この研究結果を発表したのが2018年です」

哺乳類細胞上で反応拡散パターン形成を再構成した(活性化-阻害回路)。
*活性化回路は、阻害回路を含まないネガティブコントロール

◎詳しくはニュースリリース「美しいパターン形成を、ほ乳類細胞上で再構成」
https://www.bdr.riken.jp/jp/news/2019/research017.html

2つの研究を通じて戎家先生が実感したのは「現在の私たちの“つくる技術”はまだまだ未熟であるということ。そして、実際の生物の発生の仕組みは驚くほどよくできているということでしたね」