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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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「体節時計」に注目

分化、パターン形成の仕組みづくりに続いて、戎家先生たちが現在取り組んでいるのが「形態形成」、つまり、三次元的な形をつくることだ。
一方で、幹細胞を使った再構成にも取り組んでいる。

「細胞分化やパターン形成の研究では培養細胞を用いてきましたが、培養細胞のできることには限界があります。細胞分化やパターン形成が組み合わさったより複雑な発生現象を再構成するには、幹細胞を使った方が可能性が広がると思い、2013年に理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB)に移ってから使い始めたのがiPS細胞やES細胞です」

当時、理研では笹井芳樹グループディレクター(故人)のもとで、機能性を持ったオルガノイドの研究が盛んに行われていた。オルガノイド(organoid)とは、「臓器(organ)」と「似たようなもの(oid)」を組み合わせた造語で、幹細胞から人工的につくる「ミニ臓器」のこと。ミリ単位ではあるものの本物の臓器に近い立体構造や機能の一部を再現することができ、臓器形成の仕組みの解明や、臓器を標的とした創薬、再生医療への応用など、オルガノイド研究はその可能性から生命科学の大きなトピックとなっていたのだ。ことに理研CDBでは、2011年にマウスES細胞から6種類の細胞を備えた3次元の網膜づくりに世界で初めて成功するなど、世界最先端の研究が繰り広げられていた。ここで戎家先生は「再構成生物学研究ユニット」のリーダーとして、グループを率いることになる。

「私たちが注目したのが体節です。体節とは、発生過程にだけ現れる繰り返し構造で、背骨や肋骨などの節目構造はこの体節に由来しており、それだけでなく、この体節をもとに筋肉や真皮、さらには血管や神経節がつくられていきます。体節は私たちのからだをつくるおおもとなんですね」

体節の数は発生に伴って増えていく。未分節中胚葉が頭側から腰に向かって順番にくびれていくことで、左右1対の体節が次々とつくられる。体節が1対増える時間は種によって違い、魚類は約30分、鳥類は約90分、マウスが約2時間で、ヒトが約5時間。
この体節形成の周期を制御するメカニズムが「体節時計」で、中心的役割を果たすのが、HES7遺伝子の発現量の振動リズム。このリズムが細胞間で同期することで体節が刻まれていくことがわかっていた。

脊椎動物胚の体節形成
左:マウス胚の体節の形状と位置を示した模式図。右:体節の形成過程と背側から見た模式図。胚の後方の未分節中胚葉がくびれていくことで、新たな体節ができる

体節は、脊椎動物の発生でとても大切な役割を果たしてるんだって♪

戎家先生が的を絞ったのは、この体節時計の振動や同期の仕組みだった。

「高校時代に本川達雄先生の『ゾウの時間ネズミの時間』を読んで、それぞれの動物の時間スケールが違うということに強い興味を持ちました。そういった時間の違いを研究するとおもしろいだろうなと思ったんですが、ゾウなんて研究室で飼えないし、食べ物も生きている環境も動物ごとに全然違う。異なるファクターがありすぎて、ゾウとネズミの時間を比較するなんて無理だとずっとあきらめていたんです。でも幹細胞から発生過程を再現するオルガノイドをつくって比較するなら、似たような培養環境で比較できます。体節時計の違いなら、寿命と違ってずっとシンプルです。そこで、体節時計の時間の違いをマウスとヒトで比較することにしました」

まず、マウスのES細胞とヒトのiPS細胞から体節時計を持つ未分節中胚葉を培養皿上に誘導する実験系を確立。そこでマウスとヒトの体節時計の遺伝子発現振動の周期を比較すると、マウスが約2時間、ヒトは約5時間だった。

マウスとヒトの体節時計
マウスでは約2時間、ヒトでは約5時間周期の遺伝子発現振動が観察された。タテ軸は体節時計遺伝子発現の相対量

多能性幹細胞で再現した体節時計の周期的な振動。ヒトはマウスよりも2~3倍程度長い周期を持つ(20分間隔のタイムラプス撮影)
理研チャンネルより
https://www.youtube.com/channel/UCIGmhpdcVev1Wc0YK7FHIig

こうしたヒトとマウスの体節時計周期の違いはどのようにして生じるのだろうか?
「体節時計の中心となるメカニズムは、転写遺伝子HES7の自己抑制回路だということが知られていましたから、まず、HES7遺伝子領域の配列の違いが周期の違いを生んでいるのではないかという仮説を立てたんですね。それを検証するために、それぞれのHES7を入れ替えてみたんです。ところがマウスの細胞にヒトのHES7を入れても周期は2時間のままだし、ヒトの細胞にマウスの配列を入れてもやはり5時間で変わらない。となると、配列はたぶん重要ではない。むしろ、HES7を入れる細胞側の環境の違いによって、違う周期を示すのではないかと考えました」

そこで次に検証したのが、振動周期を決めるために重要になる反応速度である。
「HES7タンパク質の分解速度であったり、転写や翻訳にかかる時間といったパラメーターが、ヒトの細胞では遅くなることがわかりました。シミュレーションとあわせて検討した結果、ヒト細胞においては、HES7タンパク質の分解や合成にかかる時間が2~3倍遅いことで、体節時計もマウスより2~3倍遅くなる、と結論づけたわけです」

体節時計は合成(発現)と抑制と分解の3つのプロセスに分けられる。それぞれを測定し、マウスとヒトで比較したところ、合成過程と分解過程のいずれもヒトの方がマウスよりも遅いことが分かった。