公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

1年がかりで、ヒドラの行動解析のシステムをつくる

ヒドラが睡眠をとるかどうかは、どうやって調べるのだろう?

「哺乳類は、脳波を測定して眠っているのか起きているのかを調べます。昆虫は脳波を測定することはできませんが、今から20年ほど前、ショウジョウバエの行動解析によって、ハエも睡眠様状態になることが見いだされ、その後の研究でショウジョウバエの睡眠の制御システムが哺乳類と共通していることも明らかになっています。こうした先行研究をヒントに、ヒドラが睡眠するかどうかを(1)可逆的な行動の静止、(2)感覚機能の低下、(3)睡眠恒常性という、3つの観点から探ることにしました」

「可逆的な行動の静止」とは、睡眠中に体はじっと動かなくなるけれど、刺激によって覚醒状態に戻ること。「感覚機能の低下」とは、強く揺り動かされるなど強い刺激を受ければ目が覚めるものの、穏やかに刺激するぐらいでは眠ったままで、覚醒時ほど敏感に反応できないこと。そして「睡眠恒常性」とは、動物にとって必要な睡眠量が決まっていることだという。必要量が決まっているため、断眠、つまり眠りを妨げると、その後に不足した睡眠を取り戻そうとリバウンド睡眠が生じる。私たちが夜更かしすると次の日の朝に起きられないのと同じことだ。

ヒドラにも、①行動の静止、②感覚機能の低下、
③睡眠恒常性が見られるのかな?

ヒドラに睡眠のこの3つの特徴が見られるかどうかを探るためには、まずヒドラの行動をじっくり観察しなければならない。
「ヒドラを見ていると、どうも止まっているというか、いかにも寝ていそうな状態があるんです。そこで、ヒドラの行動を自動で解析できるシステムを構築して1日のリズムを観察するところからスタートしました」

金谷さんがこのとき用いたのが「フレーム間差分法」という手法だ。
ヒドラを縦横1.6㎝×1.6㎝、深さ5㎜ほどのシリコン容器に培地とともに入れ、赤外線カメラで撮影する。動画撮影にあたって1秒間に撮るコマ数をフレーム数という。コマ数が多いとデータが膨大になるので、撮影は5秒おきに設定。連続した2コマの写真が全く同じであればヒドラは動いていない、少しでも違っていればヒドラは動いていると判断するのが「フレーム間差分法」だ。

実験装置の概念図  Kanaya et al. Zoological Letters (2019)の図を改変

「これを自動で行うためにはプログラミングの知識が必須です。全くの素人だったため、高校の部活で一緒だった仲間にプログラミングが得意な人がいたので、大学は違っていたけれども教えてもらい、プログラミングを一から勉強して自分でつくりました。装置をつくるまでに1年ぐらい試行錯誤しましたが、ヒドラの行動をほぼ全自動で解析できるようになりました」

解析を続けるうち、ヒドラは体内時計を調節するための時計遺伝子を持っていないものの、周囲の環境変化に応じて 1日のリズムを作り、生体機能を調節していることがわかった*
そして、自動解析システムでヒドラが動かないでいる状態を検出できるように工夫して観察を続けた。

*金谷さんは、ヒドラの睡眠についての論文に先立って、ヒドラの行動を詳細に解析し、1日のうちで明暗サイクルに同調した⾏動を示すこと、その際の遺伝子発現量の変化を調べ、主要な時計遺伝子を持たないにもかかわらず生体機能が時刻依存的に調節されていることを実証し、新たな観点から体内時計の起源を考察する論文を2019年9月Zoological Letters 誌に発表した。
リリースはこちら
https://www.sci.kyushu-u.ac.jp/koho/qrinews/qrinews_190920.html

行動静止中に強い光パルスを与えると、ヒドラは覚醒状態に戻った。これは深く眠っていても、何らかの刺激を与えれば目が覚める「可逆的な行動の静止」に当てはまる。
一方、光パルスが弱い場合、とくに20分以上行動が静止していたヒドラでは、覚醒状態に戻る反応が遅くなることがわかった。これは「感覚機能が低下」しているため、強い刺激なら覚醒するものの、穏やかに刺激するぐらいではなかなか覚醒しないのだろうと推察できる。

横軸は光パルスを与える前に⾏動休⽌が継続していた時間、縦軸は光パルスを与えて覚醒するまでの反応時間。強い光パルスの場合は、弱い光パルスを与えた場合より、速やかに覚醒状態に回復する。一方、とくに20分以上行動が静止していた個体では、弱い光パルスでは、速やかに覚醒する個体が少ない。そこで、20分以上の行動静止を便宜的に睡眠と定義した。

さらに、ヒドラの培地に振動を与えたり、培地を高温にして睡眠を妨害したりしたところ、その直後に睡眠が増加した。これは「睡眠恒常性」により断眠後にあらわれるリバウンド睡眠に相当すると考えられた。

「このほか、餌に対しての反応などが起きているときと寝ている場合はどう違うかを定量化するといった実験も行いました。一連の実験を総合して、ヒドラにも哺乳類などの睡眠に似た、睡眠様状態が存在することを突き止めたのです」

ところで、私たちはコーヒーを飲んだり、興奮したりするとなかなか寝付けない。一方、睡眠薬としても用いられるメラトニンを摂取すると眠くなる。ヒドラも何らかの化学物質によって睡眠が制御されるのだろうか?

「ヒドラの培地にさまざまな化学物質を添加して睡眠量の変化を調べたところ、哺乳類で睡眠を促進する働きをしているメラトニンを添加すると、ヒドラの睡眠が誘導されました。また、やはり神経伝達物質の一つであるGABA(ギャバ)を添加しても睡眠が促進されることがわかりました。ただし、ほかの動物では覚醒作用を持つとされるドーパミンは、ヒドラでは睡眠を促進する働きをしていました」