第3回受賞者 記念講演

バイオマテリアルが興味深いテーマであり続けるために

トロント大学 教授
マイケル・セフトン

バイオマテリアルはもはや退屈なトピックスか?

2016年5月に世界バイオマテリアル会議がモントリオールで開催されました。さまざまなタイトルでセッション発表が行われましたが、タイトルの中にほとんど出てこなかったのが「バイオマテリアル」という単語でした。バイオマテリアルはもはや退屈なトピックになってしまったのでしょうか? しかし退屈はそれほど悪いことでもありません。ニーチェやスーザン・ソンタグが指摘しているように、退屈は真に創造的な段階に移行するための貴重な思索の時間といえます。

さて再生医療をめぐっては現在さまざまな研究が行われています。損傷した組織や機能を補うために、幹細胞や細胞移植を行うこと、遺伝子治療を施すこと、バイオマテリアルと組織工学にもとづくデバイスや人工臓器で代替すること、こうしたチャレンジは、ことに日本のように急速に高齢化が進む国にあっては、ますます重要になっています。高齢者が健康でよりアクティブな生活が送れるよう、再生医療が貢献しなければなりません。
例えば心臓疾患は高齢者に多い病気です。心臓の組織工学において重要なのは、他の大きな臓器と同様に血管新生です。われわれのラボではこの10年来、2つのアプローチで研究を進めてきました。それはモジュール式組織工学と、薬剤のようなバイオマテリアルを用いる(といっても、薬剤や細胞は含まないのですが)アプローチです。

モジュール式組織工学による細胞移植

まず、モジュール式組織工学についてお話ししましょう。脂肪由来の間葉系幹細胞とHUVEC(ヒト臍帯静脈内皮細胞)をコラーゲンジェルのモジュールに充填して、注射剤のコンポーネントとします。これを免疫不全マウスに皮下注射したところ、内皮組織に血管が再生されていることを確認しました。
このモジュールは、機能細胞や支持細胞などさまざまな細胞による組み合わせが可能で、脂肪組織や肝臓、膵島などの複雑な組織に応用可能です。例えば、1型糖尿病モデルマウスに膵島モジュールを注入したところ、正常な血糖値とまではいきませんが、血糖値がかなり低下しました。現在、このシステムの血管形成のメカニズムにおいて、どのような因子が最も重要なのか、機能を制御するには何が必要なのかなどの解析を進めています。

血管新生において私たちが注目しているのが、炎症作用の制御と低酸素です。炎症は損傷した組織を修復するために生じる生来の免疫反応です。一方、血管新生もさまざまな生理的・病理学的状態で生じる生体反応であり、炎症反応が少なすぎると血管新生は起こりにくく、逆に炎症反応が強すぎても問題があります。さらに、炎症反応で登場してくるマクロファージはM1型とM2型に分けられ、血管新生を促進するのはM2マクロファージであるため、これにも注目していく必要があります。
次に低酸素についてお話します。組織は低酸素誘導因子HIF‐1αによって低酸素状態に陥ると血管新生が起こることが知られています。低酸素状態になったがん細胞は、自らが生き延びるためにHIF‐1αを活性化させて新たな血管網を形成し、低酸素から脱しようとすることがわかっています。しかし、組織工学においては低酸素症の影響に関する研究はあまり進んでおらず、今後の課題となっています。
もう一つ、再生医療の臨床応用に向けて大きな課題となっているのがスケールアップです。我々のラボでは、細胞密度を上げる方法や、3Dプリンターを使ったモジュール式スケールアップの方法などを模索中です。

生体適合性分子MAAを用いた血管再生

次に薬剤のようなバイオマテリアルを用いるアプローチについてお話しします。

我々が注目しているのがMAA(メタクリル酸)を基盤にしたポリマーです。数年前、私たちは45%のMAAを入れたビーズを用いて実験し、好ましい血管形成反応を見出すことができました。これを治療用ポリマーとして用いることで、血管再生において「移植可能な薬剤」のような働きを期待できると考えています。
また、創傷治癒においても、MAAは、MMA(メタクリル酸メチル)などと比較した実験で傷の治りが速いことがわかっています。さらに、非水溶性のMAA共重合体フィルムを使った実験で20%、30%、40%の濃度のMAAを比較すると、40%MAAの血管再生作用が飛び抜けて高いことがわかりました。

現在私たちはMAAをメッシュパウチにして膵島の移植に使おうと、実用化に向けてカナダの企業と共同で開発を進めているところです。
MAAとポリエチレングリコールを注射用ゲルにすることもできます。この場合、20%のMAAにすると血管再生が起こります。ただし、10%ではその反応はありません。また、ゲルの中に膵島を入れると、血管再生とインシュリンの産生の両方が可能になります。
MAAを導入した場合の免疫反応をどう制御するか、MAAによる血管新生のメカニズムについてもさまざまな手法で解析を続けています。

薬物のない薬物送達・細胞のない再生医療

こうしたMAAを使った治療は、いわば「薬物のない薬物送達システム」、そして「細胞を使わない再生医療」といえます。
MAA以外にも、最近こんな研究が「ネイチャー」誌に載りました。TMTD(トリアゾール‐チオモルホリン二酸化物)というアルギン酸塩を修飾した物質に関しての報告で、ヒトの幹細胞からインスリンの分泌能力を持つβ細胞を作成し、それをTMTDのカプセルに包んで糖尿病マウスに移植することで、免疫反応を引き起こさずに血糖値を抑える実験に成功したというものです。

今後の再生医療においては、TMTDやMAAのような治療用ポリマーを使って直接的に炎症をコントロールするなど、内因性の修復メカニズムを誘導する新たな方法が登場していくはずです。
最近、私のラボの学生が20%のMAAのハイドロゲルによってマウスの毛髪の成長が促進されるという発見をしました。大いに期待される人がこの中にもいらっしゃるのではないでしょうか。

このように見てくると、バイオマテリアルは今後とも非常にエクサイティングな分野であるといえるでしょう。