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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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神経細胞の形づくりに関わるタンパク質を発見!

———日本に戻ってから、卒業研究に向けて所属するラボなどはどのように決めたのですか。

カナダで受けたショウジョウバエを使ったメンデルの法則の実習が非常にシンプルでおもしろかったこともあって、生物学の分野の研究室を選ぼうと決めていました。御子柴先生のラボは大学院からでないと受け入れてもらえないので、御子柴先生にどのラボがよいかを相談したところ「いまのうちに遺伝学の基本をしっかり学べば、後で必ず役に立つ」と言っていただいたこともあり、三浦正幸先生の遺伝学教室を選びました。そこで指導してくださったのが、当時三浦研の助教で、いま広島大学で教授をされている千原崇裕(ちはら・たかひろ)先生です。

薬学部で毎年開かれる水上運動会(ボート大会)の写真。女子が多い三浦研はボート大会で常勝チームだった(左から2番目)。

———千原先生のもとで、どんな研究に取り組んだのでしょう?

千原先生がスタンフォード大学に留学されていたときに、ショウジョウバエの遺伝子にランダムに変異を入れて、神経の形がおかしくなったものをスクリーニングするという研究をしておられたんです。おそらく原因遺伝子がこれだと思うけれどまだ確定できておらず、それを明らかにするというミッションを与えられました。
その遺伝子は神経発生に関わる遺伝子で、酵母にもマウスにもヒトにもあるけれど、どんな機能の遺伝子なのか、いずれの生物でも解明されていなかったのです。

———酵母からヒトまでみんな持っている遺伝子なのに、機能がわからない?

その遺伝子があることはゲノムの配列を見ればわかるんですが、とても大事な遺伝子で、その遺伝子をおかしくすると何もかもがおかしくなってしまううえ、ショウジョウバエだと卵が育って幼虫になったとたんに死んでしまう。マウスならおなかにいる間に死んでしまい、変異体の個体として見ることはできないんです。
千原先生は、脳の中の1細胞だけを変異させる手法を駆使し、まわりは正常なのに、一つの神経細胞の形だけが変わってしまったものを解剖して探し、いくつかの変異体を見つけていました。ショウジョウバエだからできる高度な遺伝学です。私が受け持ったのは、神経細胞の突起の形がおかしくなる、すなわち樹状突起の枝分かれが増える一方で、軸索が短くなる変異体で、「ドジ(doji)」と名づけました。
とにかくおもしろくて、御子柴研に行くという予定を変更し大学院でもその研究を続けました。それが神経の形づくりを支える新規のタンパク質(Strip)であるという博士論文になったのです。

修士2年生のとき、ポスターの前で。右が千原先生。

初めて原著論文が出たとき。三浦研ではシャンパンでお祝いをする慣習がある。左が三浦先生。

———その遺伝子は神経の形づくりにかかわっていたのですね。メカニズムを簡単に教えてください。

Stripタンパク質は、いろいろな生物の神経細胞にあって、神経細胞の形を整えるおおもとの細胞骨格である微小管とアクチンの双方と複合体をつくり、細胞内輸送を調整して神経細胞の軸索伸長を制御していたのです。doji変異体では、このStripタンパク質の量が減少しているため、神経細胞の形が整わなくなり、異常が生じるのです。
その後も研究を続け、Stripタンパク質は、脳だけでなく運動神経の軸索末端のシナプス形態にも影響を与えていることを発見しています。