公益財団法人テルモ生命科学振興財団

財団サイトへもどる

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

サイト内検索

細胞死を引き起こすメカニズムの解明へ

———成虫原基がないことに気づいて、どのように研究を進めたのですか?

宿主の成虫原基が縮退するというのは、すごく重要な発見だと直感しました。そこで、今度はハチの方を解剖して、卵巣と毒腺をそれぞれすり潰して抽出液を作り、非感染のハエの幼虫に注射しました。すると、ハチに感染していなくても、毒腺の抽出液を注射するだけで細胞死(アポトーシス)が起こることがわかりました。この結果から、ハチの毒腺に細胞死を誘導する成分が含まれていることが強く予想されました。

明るい緑色に光っているのは細胞死のマーカー。毒タンパク質を誘導する成分が毒腺に存在する可能性が高いことがわかった。

———すぐに毒成分の正体がわかったのですか?

いいえ、毒の正体を突き止めるのは簡単ではありませんでした。基本的には、2つのアプローチがあります。王道は、寄生蜂のサンプルを集めて毒活性分画に含まれる成分を分析することです。4年間、学生たちと協力して1000 匹以上の寄生蜂を解剖して毒腺を集め、さまざまな方法を試しましたが、それでも分析に十分なサンプル量を確保できず、挫折してしまいました。
もう一つは、細胞死に関係する遺伝子を同定すること。しかしニホンアソバラコマユバチは非モデル生物で、ゲノムがまったくわかっていませんでした。自分一人でゲノムを解読するなんて到底無理。途方に暮れていたときに、ゲノム解読の研究を支援してくれるプラットフォームがあることを知りました。さっそく応募して2018年に採択され、専門家の方々のご助力を得て全ゲノム配列を読んでもらうことができました。幸いなことに、ニホンアソバラコマユバチの単為生殖系統を使うことで、1匹の個体から200匹のクローン個体に増やすことができたので、結果的に、極めて質の高いゲノム情報が得られたのです。

———細胞死に関連しそうな遺伝子は見つかったのですか?

毒腺で高い発現をしている遺伝子を探しました。その結果、細胞死に関わる可能性のあるタンパク質が約200種類見つかりました。

———ハエを飼い殺しにする毒の候補が200種類もあるとは大変ですね…。

そうです。200種類の中から細胞死誘導と関係する分子をどうやって絞り込めばよいのかがわからなくて半年間くらい困っていました。そのときちょうど、中国のグループから、別の寄生蜂のゲノム解析の論文が発表されました。2021年のことです。その種は、やはりショウジョウバエを宿主とするのですが、成虫原基を縮退させないんです。毒の種類が違うんですね。

そこで、当時大学院生だった上山拓己(かみやま・たくみ)くん(現・生存ダイナミクス研究センター 助教)が、そのハチとニホンアソバラコマユバチのゲノムを比べて、ニホンアソバラコマユバチだけにある遺伝子を63にまで絞り込みました。上山くんと同じく大学院生だった森一葉(もり・ひとは)さんが、ハチの遺伝子ノックダウン個体を作製して、ニホンアソバラコマユバチの遺伝子ノックダウン個体(特定の遺伝子機能を減弱させた個体)を作製して感染実験を行い、遺伝子ノックダウンによって宿主での細胞死が起きなくなる遺伝子を探索しました。寄生蜂で遺伝子ノックダウンを起こすためには、もともと宿主体内で成長する寄生蜂個体を宿主蛹の殻を剥(む)いてやって、2本鎖RNA をハチに注入し、その後は寒天倍地で育てる必要があります。これは非常に難しくて、長丁場で根気が要る実験ですが、上山くんと森さんが頑張って最後までやり遂げてくれてくれました。その結果、細胞死誘導に必要な毒タンパク質を2つ同定することができました。現在、上山くんと丹羽(夫)と3人で一緒に論文の準備を進めているところです。

2023年9月寄生蜂グループのハチのポーズでの記念撮影。左端から上山くん、丹羽教授、島田先生、Anastasiia Staroverovaさん、森さん。

———今後の研究の課題は何ですか?

寄生蜂の毒成分は少しずつわかってきたので、今後は、その毒成分が組織の細胞死をいかに誘導しているのか、そのメカニズムを解明していきたいですね。この毒の本質は「殺す」のではなく、飼い殺しにして「生かす」こと。すごい仕組みだと思います。

———細胞死のメカニズムが解明されれば、どこかに応用できる可能性がありますか?

たとえば、ショウジョウバエを用いて “がん” を研究することができます。興味深いことに、がんを誘導したショウジョウバエに寄生蜂を感染させると、寄生蜂の毒で細胞死が起きることで、がんが消えてしまいます。通常のがん細胞は増殖能力が高くて細胞死に耐性があると言われていますが、ニホンアソバラコマユバチの毒は、がん細胞の増殖能力を抑えて、細胞死を誘導することができます。もし、この毒の作用機序や特異性がわかれば、特定の組織を標的にするドラッグデリバリーシステムに応用できるかもしれません。昔から生物毒の研究は人間の医学薬学に役に立ってきた実績があるので、寄生蜂毒もぜひ人類社会に貢献できたらと思います。まだまだ未知数ですが。

2022年12月、大隅基礎科学創成財団の研究助成授賞式後に大隅良典先生とともに。

———研究を続けてきて、いちばんおもしろいことは何ですか。

必ず予想外なことが起こることでしょうか。研究者としては狙った通りの結果が出てほしいのですが、自然は私たちの予想をはるかに超えてくる。そこがやはりおもしろいですね。

———逆に大変なことは何ですか。小さなハエの解剖なんて信じられないのですが。

あれは顕微鏡の下で拡大するから大丈夫です。私は針に糸を通すのも苦労するくらい不器用なんですよ。でも、どうしても知りたいと一生懸命やっていればなんとかなるものです。1人で大変な時は、仲間と力を合わせたり、他の研究者に助けを求めたり、あちこちに頭を下げて頼みまくっています。寄生蜂プロジェクトは、ゲノム解析から毒の同定まで、私1人の力では到底できないことだったので、多くの研究者に支えてもらえたことに感謝しています。

———若い人たちに伝えたいことはありますか。

おもしろい大人に出会うこと。私も、たまたま出会ったおもしろい大人に一生懸命ついていって本当に楽しかった。ただし、大人にもいろいろいますので、おもしろいことをしっかり教えてくれる人や場所をちゃんと選ぶアクションが大事です。「馬鹿だと思われるかも」と質問しないで黙っているのはもったいないし、「わからない」と素直に言えることもスキルです。私は、昔も今も変わらずわからないことだらけなので、とにかくどんどん聞いて自分の世界を広げていくしかないという感じです。みなさんもいろいろな出会いを大切に、臆せずぶちあたってください。

2023年9月、ラボメンバーとのバーべキュー。

2024年4月、ラボメンバーと。後列中央:丹羽教授。前列右から2人目:島田先生。

インタビューを終えて。「顕微鏡で試料を観察して写真を撮るのが大好きです」とのこと。

(2024年4月19日更新)