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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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野外の行動調査から、遺伝子で昆虫の謎に迫る研究へ

———大学の進路はどのように決めたのですか。

彼と一緒の大学に行きたいという不純な動機だけで京都大学を受けたんですが、農学部に入って生物学(昆虫)の勉強をしようとこっそり考えていました。ところが、センター試験で失敗してしまって農学部はちょっと厳しかったので、2次試験で足切り点のない理学部に変更して、受験しました。

———昆虫のどんな研究をやりたいと考えていたのでしょう?

最初は、小中学校でやっていたオトシブミの行動のような昆虫の生態学をやりたいと思っていました。理学部では、故・井上民二(いのうえ・たみじ)先生の講義を受けることができました。

———井上先生は、京都大学生態学研究センターでご活躍された方ですね。

当時、先生はマレーシアで地上40mに及ぶ熱帯雨林の林冠*調査と生物多様性の調査のためのプロジェクトを推進しておられました。数年に一度しかない熱帯雨林の一斉開花を調べるために、林冠にはしごのような足場を渡して定点観測をやるという話を聞いて、なんとか連れて行ってほしいと、友達と一緒に井上先生に頼み込みました。1年生の分際で無謀な話ですが、当時はおおらかな時代で、先生の許可が下りたんです。井上先生は元探検部で、やる気のある学生はどんどん好きなことをやれという考えだったそうです。

*林冠(りんかん):1本1本の樹木の枝葉が空間を立体的に占有している部分を樹冠(crown)といい、森林で樹冠同士が接して一体となった空間を林冠(canopy)という。

———熱帯雨林の調査に同行!それはいつですか?

大学1年と2年の間の春休みです。マレーシアのサラワク州に1カ月間滞在しました。私は調査の手伝いをしながら、ナナフシを採集しました。マレーシアには体長40cmにもなる巨大なトゲナナフシがいるんです。マジックでマーキングして行動調査もしました。100匹以上調べたんですが、じつはナナフシが脱皮してマークが消失する可能性に気づけなくて、よい調査成果は出せませんでした。でも、滞在中に採集したたくさんのナナフシの標本は、井上先生がしっかり固定して持ち帰ってくださいました。うれしかったですね。今でも、京都大学総合博物館に展示されていると思います。

———理学部でもフィールド調査や、研究の現場に参加できたんですね。

野生生物研究会というサークルに所属して、屋久島のサルの調査もやりました。理学部の先輩であった半谷吾郎(はんや・ごろう)さん(現在、京都大学生態学研究センター准教授)の「ヤクザル調査隊」プロジェクトのお手伝いです。標高差の大きい屋久島で、サルの群れがどんな行動をしているか調べるのはたいへん。そこで、トランシーバを持った学生を100m四方に1人ずつ配置して、「何時何分、A地点、サルの群れが通過」といった具合に報告させて、それを追跡していく。学生は世界遺産の山に入れるし、先生たちの研究もはかどるということで、夏休みは屋久島で野生猿と野宿していました。

———そうした体験から研究テーマも見えてきたのでしょうか。

じつは、フィールド調査を経験して、自分の知りたいことはもう少し分子レベルのことだということに気づいたんです。当時、柳田充弘(やなぎだ・みつひろ)先生の分子生物学の講義を受けておもしろいと思っていたし、分子生物学を志す友達と自主ゼミをやっていたので、2年生のころから遺伝子に興味を持ちました。

———分子生物学で何を調べたいと思ったのですか。

昆虫の生態が遺伝子でどうやって決まるのか、そのメカニズムを解き明かしたいと思っていました。そこで、3年生の研究室配属のときに、昆虫で分子生物学を研究されていた上村匡*(うえむら・ただし)先生に相談しました。すると、上村先生が「昆虫の体表面に生えている毛の向きを調べたい」と、これまた熱く語ってくれたのです。私は、今までたくさんの昆虫を見てきましたが、昆虫の毛の向きのことなど考えたこともありませんでした。そんなマイナーな研究に真剣に取り組む先生をおもしろいと感じて、私も毛の向きを調べてみようと思いました。結果的にこれが卒業研究から大学院へと続く研究テーマになりました。

*上村匡:当時、京都大学ウイルス研究所分子遺伝学研究分野教授。現在京都大学大学院生命科学研究科教授。専門は神経細胞の形づくり、栄養環境と相互作用しつつ成長から老化までを調節する遺伝子プログラムの解明。詳細は、この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第48回を参照。
https://www.terumozaidan.or.jp/labo/interview/48/index.html

———昆虫の体毛で何がわかるんですか?

たとえば、哺乳類の体毛や魚類のウロコは一方向に生えていますよね。これを「平面内細胞極性*」といいます。平面上に並んだ細胞が同じ方向を向くには、体の軸(前後・背腹・左右)に対して個々の細胞が自らの位置を知る必要があるはずで、そのメカニズムを調べるんです。昆虫の翅(はね)にもたくさんの毛が一方向に生えています。でも、ある遺伝子が変異すると毛の向きが反対方向を向いたり渦を巻いたりします。そこで、その遺伝子の働きを調べるために、キイロショウジョウバエを用いて、極性を調節するタンパク質の動きをライブイメージングで追跡する実験系を立ち上げました。

*細胞極性=細胞の成分が非対称に分布し、方向性を持つこと。その後の器官や組織の形成に関わる細胞の基本的性質。