公益財団法人テルモ生命科学振興財団

財団サイトへもどる

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

サイト内検索

中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第9回
ウイルスの一生を視る

第2章 レクチャー4 エボラウイルス侵入のプロセス

南保
ここから少し難しくなりますが、私が取り組んでいる研究についてお話しします。私が研究で明らかにしたのが「エボラウイルスの一生」。つまり、細胞に侵入して、膜融合によってヌクレオカプシドを小胞から放出させ、ウイルス粒子のパーツを合成し、子孫ウイルスが細胞の膜をまとって細胞の表面から出ていく一連のプロセスです(図12)。

図12(図版提供:南保明日香教授)

 
エボラウイルスに対する有効な薬はまだ開発されていないと話しましたが、この一連のプロセスを解明すれば、どこをブロックすればいいお薬が作れるのかが分かります。私は、エボラウイルスの一生の中でも特に「細胞への侵入」と「子孫ウイルスの形成・放出」という2つのプロセスに焦点を当てて研究していますが、今日は細胞への侵入のところ、どうやって侵入メカニズムを明らかにしたのかに焦点を絞ってお話しします。
エボラウイルスはどのように細胞に侵入するのか。世界中の研究者がこれを明らかにしようと試みていたのですが、なかなか分かっていなかった。なぜかというと、まず第1に、本物のエボラウイルスはBSL-4でないと取り扱うことができないので、世界中の研究者はもっと低いレベル、普通の研究室でも扱うことのできる代替法を使っていたことがあります。
その1つがエボラウイルスのスパイクを発現させた他種ウイルスです。病原性の低いウイルスが持っているスパイクをエボラウイルスのスパイクと置き換えた、遺伝子組み換えウイルスを人工的に作ることができます。それを使って、細胞への侵入を研究していました。問題点としては、エボラウイルス研究者が主に使っている他種ウイルスの形が本物と全然違うことです。まず小さいし、短い(図13上)。だから、そこから得られた研究成果は、野生型エボラウイルスが入っていく経緯を反映していない可能性がありました。

図13(図版提供:南保明日香教授)

 
従来、細胞への侵入は「古典的取り込み経路」と呼ばれるものを使っているのではないかといわれていました。しかし、この古典的取り込み経路が起きるときにできる細胞表面上のくぼみや細胞の中の小胞の大きさが、野生型エボラウイルスと比較して圧倒的に小さい(図13下)。私たちは「こんな小さなスペースでエボラウイルスが取り込めるの? 他種ウイルスの粒子を使ったから入っていたんじゃないの」と考え、研究をスタートしました。
それまでの問題点を解決するためにどのようなアプローチを取ったかというと、今回のスライドのタイトルでもある「ウイルスの一生を視る」ことです。私はビジュアル人間で、いろいろな現象を目で直接見てやりたいという欲求があります。そこで、この研究でもウイルスの取り込みを直接的に捉えることに挑戦することにしました。
まず、野生型エボラウイルスと同じように長い巨大なウイルス粒子でありながら、低いレベルでも取り扱い可能なエボラウイルス粒子を作り出しました(図14)。それを、赤い蛍光標識でラベルすることで、顕微鏡下で赤く光るウイルスを作ります。

図14(図版提供:南保明日香教授)
GFP(Green Fluorescent Protein:緑色蛍光タンパク質):青色の光を吸収して緑色の蛍光を発するタンパク質で、1962年、下村 脩氏がオワンクラゲから発見した。この功績が評価され、氏は2008年にノーベル化学賞を受賞。

 
一方、ウイルスを取り込ませる細胞側は、GFP融合タンパク質を使って、顕微鏡下で緑色に見えるようにしました。例えば、小胞の周りに集積しているようなタンパク質に緑色蛍光タンパク質を融合させて発現させることで、その小胞を顕微鏡下で緑色に光らせることができます。
赤いエボラウイルス粒子がGFPで標識した小胞の中に取り込まれると、赤と緑の蛍光物質が同じところに重なるので、光の3原色で黄色に光ります。これで、エボラウイルスが小胞に入ったことが分かります。 私の説明、分かったでしょうか。
八幡
うーん、だいたいは。
南保
だいたい、分かりましたか。この方法を使って何をしたかというと、まず最初に、これまでいわれていたように古典的取り込み経路を介して本当にエボラウイルスが取り込まれるのかどうかを確かめました。
図15が、私たちが出した代表的な研究成果です。赤い粒々が赤い蛍光色素でラベルしたエボラウイルス粒子。ここでは顕微鏡の感度的にひも状には見えません。緑の粒々が、古典的取り込み経路(2種類)の細胞の表面につくられるくぼみを緑色蛍光タンパク質でラベルしたものです。

図15(図版提供:南保明日香教授)

 
□で囲った箇所を拡大したのが左上です。赤と緑が見えますが、観察を続けても黄色には変化しませんでした。つまり、エボラウイルスは古典的経路を使って入っていかない。やはり、くぼみが小さ過ぎたということです。
じゃあ、エボラウイルスはどんな経路で細胞に侵入するのか? 図16の左の写真は、細胞の形を決める細胞骨格というタンパク質を緑でラベルしたものです。赤いウイルス粒子が入っていくとき、細胞骨格がすごくダイナミックに動くことが分かると思います。細胞が比較的大きな物質を取り込むときに起こる「マクロピノサイトーシス」という現象があるのですが、それが誘導されると細胞骨格がダイナミックに動くことが分かっています。つまり、この結果は、ウイルスが細胞に取り込まれるときにマクロピノサイトーシスが誘導されることを示しています。

図16(図版提供:南保明日香教授)

 
マクロピノサイトーシスが起きたとき、細胞の中に小胞ができます。これを「マクロピノソーム」といい、それを緑色蛍光タンパク質で標識したのが、図16の右の写真です。最初、赤いウイルス粒子と小胞はまったく違うところにいるのですが、時間が経つにつれて緑と赤が同じところに来て、黄色く変化していく様子が分かるかと思います。
以上の結果から、エボラウイルスが細胞に吸着すると、マクロピノサイトーシスが誘導されて、ウイルスが細胞に取り込まれるということを初めて証明することができました(図17)。

図17(図版提供:南保明日香教授)

宮上
話はちょっとそれますが、先生がエボラの研究で使ったウイルスは、まったく感染しないのですか?
南保
今、使っているエボラウイルスの粒子は感染性のないウイルスです。私は主に2つの系を使ってウイルス粒子を調整しているのですが、そのうちの1つは遺伝子組み換えウイルスで、現在のところ、アメリカで留学していた時の研究室でしか取り扱うことができません。
私たちが日本で使っているウイルスは、核酸が入っていないウイルス粒子です。エボラウイルスを構成している何種類かのウイルスタンパク質を細胞に発現することで作りだすことができます。
宮上
分かりました。ありがとうございます。

この記事をみんなにシェアしよう!