公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第11回
永遠に命をつなぐ生殖細胞の不思議を探る

第1章 ミニ講義

生殖細胞とは

私たちの体をつくる細胞には、体細胞と生殖細胞の2種類があります。体細胞はヒトでは約200種類ぐらいあって、例えば髪や皮膚などをつくり出します。一方の生殖細胞は、卵や精子になります。私はこの生殖細胞に興味があります。というのも、生殖細胞は永遠に生きる細胞だからです。われわれの個体は寿命があるのでいずれ死にますが、子どもはまたその子どもをつくり、私たちのゲノムは生殖細胞を通じてずっと受け継がれていきます。それが、種が存続するための条件なんですね。
見方を変えると、私たちの体は車のような乗り物で、使い捨てです。だけど、ドライバーである生殖細胞は、個体の死を迎えても、車を変えて次の個体へと世代を超えて受け継がれていく。それは素晴らしいことだと私は思っています。

さて今日お見せするスライドは、すべて英語です。研究者になるというのはこういう世界で生きていくことなので、少しリアリティーを感じてもらいたくて、あえて全部英語にしました。

図の左側はショウジョウバエの卵巣の一部で、卵巣小管と呼ばれる構造体です。ギャメット(gamete)は配偶子という意味で、卵や精子をこう呼びます。それが受精して、半数の染色体、卵のnと精子のnが2n(倍数体)になり、胚発生を経て孵化し、1齢幼虫が2齢、3齢幼虫と脱皮を2回繰り返し、蛹のあと羽化。オスとメスの成虫が交雑して受精卵を産むというサイクルを永遠に繰り返します。

なぜショウジョウバエをモデル生物に使うのか

なぜ研究にドロソフィラ(Drosophila:ショウジョウバエ)を使うのでしょうか? 1890年代後半、「遺伝学の父」と呼ばれるトーマス・ハント・モーガンは、ショウジョウバエを使って遺伝の解析を始めました。ショウジョウバエは、腐った果物や夏にゴミを捨て忘れたときなどによく飛んでいるハエです。比較的飼うのが簡単で、世代サイクルも早いのでモーガンは使い始めたのですが、いくつかのことに気づきました。例えば、野生型の目は赤だけれども、ときどき白いのが出てくる。体の色はだいたい黒っぽいのですが、黄色っぽいものが見つかった。モーガンは赤目が白目になる、体色が黄色になるという親の形質が子どもに引き継がれることを発見しました。
DNAや核酸のことがまったくわかっていない時代に、彼は親の形質を子どもに伝える何かがあることを突き止め、体系化したのです。この功績によりモーガンは「遺伝学の父」と呼ばれ、遺伝子と遺伝子の距離を、彼の名にちなんで ‘センチモルガン (centimorgan)’と呼びます。

さて、人間の場合、性的に成熟するまでに早くても13、4年はかかるので、遺伝学の研究には使えません。でも、ショウジョウバエは世代サイクルが早く、卵から生殖可能な年齢に達するまでに10日で済みます。たったの10日間です。
それと、皆さんは「ハエなんて」と思っているかもしれませんが、例えばアルツハイマーやハンチントン病などもハエでミミック(mimic:模倣)することができます。遺伝子で似たものが見つかることを「保存されている」と言いますが、多くの遺伝病の原因遺伝子はハエにも保存されていることがわかっています。そういう病気の薬を、人間を使って調べることは難しいけれども、ハエなら安いし、体長1~2mmぐらいなので大量に飼えます。遺伝病などの原因究明や治療方法の開発を含め、ショウジョウバエは非常に優れたモデル動物になっています。

ショウジョウバエ研究とノーベル賞

ショウジョウバエの研究には長い歴史があり、これまで4度もノーベル賞を受賞しています。いまお話ししたトーマス・ハント・モーガンが1933年、彼の弟子のハーマン・ジョセフ・マラーも46年に受賞しています。クリスティアーネ・ニュスライン=フォルハルトとエリック・F・ヴィーシャウス、エドワード・ルイスの3人は、ショウジョウバエの発生をつかさどる遺伝子が、実はヒトやマウスの発生もつかさどっており、ヒトと同じようなメカニズムが働いていることを見つけました。また免疫系の研究でノーベル賞を受賞したジュール・ホフマンはショウジョウバエを使いました。つまり、ショウジョウバエ研究は生物学の発展に大きく貢献してきたのです。

ショウジョウバエの染色体

ショウジョウバエには性染色体があります。ヒトの女性はXXで、男性はXYですが、ショウジョウバエもほぼ同じ。XXを持っているのがメスに、XYがオスになります。
「そんなこと、当然!」と思うかもしれませんが、すべての動物の性別が染色体で決まっているわけではありません。まったく違うロジックで性別が決まっている動物もいます。例えば、環境ホルモンの影響でメス、あるいはオスしか生まれなくなったカエル。温度で性別が変わったりするトカゲやカメ。一生のうちで性別が変わる魚もいます。すべての動物が遺伝学的にオス・メスが決まっているわけではありません。

ショウジョウバエの染色体は、われわれがよく知っている性染色体と常染色体で、その比率で性別が決定するという機構があります。XXはメス、XYはオスで、オスのほうが少し体が小さい。X染色体、Y染色体という性染色体に加え、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳの3つの常染色体があり、全部で4種類の染色体があります。しかし、Ⅳは非常に小さくて、ほとんど点です。私もこれまでに第Ⅳ染色体に載っている遺伝子を解析したことはありません。いくつかの遺伝子は載っていますが、あまり出てきません。大きいのがⅡとⅢで、多くの遺伝子はこの2つの染色体上にあります。また、Xにあるものもたくさんあります。

ハエの卵巣における卵形成

今日はメスの卵巣を解剖します。ちょっとドキドキしますね。ごめんねと思いながら、殺してしまいます。血は出ないので大丈夫です。
背中側から、殻をペリッと剥がす感じで割くと、中にパンパンに詰まったオウヴァリ(ovary:卵巣)が出てきます。卵巣はオーヴァリオール(ovariole:卵巣小管)と呼ばれる玉が繋がったひもが束ねられた構造になっていて、その玉の一つ一つがエッグチャンバー(egg chamber:卵室)です。この1個ずつが最終的に卵になります。

ここから少しずつ難しくなるので、ついてきてください。

卵室の中に、大きな白いものがありますね。これは生殖細胞核で、一方、小さな核を持っているのが将来の卵になる卵母細胞(oocyte)です。
この大きな核を持っている生殖細胞は哺育細胞(nurse cells)といい、ショウジョウバエの場合、最終的には死んでしまいます。卵母細胞と哺育細胞の間には「チャンネル」があり、そこを通って栄養素(タンパクやRNA)が卵母細胞に運ばれ、どんどん大きくなり、最終的に卵管を通って卵として生まれます。今日は卵巣を解剖して生殖細胞の様子を観察します。

卵室(須山律子博士提供)

生殖細胞をつくる生殖幹細胞

ハエのメスはほぼ一生にわたり卵を産みます。なぜなら、生殖細胞をつくり出す生殖幹細胞があるからです。
皆さん、髪の毛が毎日抜けるでしょう? でも毛はなくならないですよね。それは幹細胞があるからです。髪の毛は皮膚に無数にある毛包と呼ばれる器官でつくられます。毛包の奥に2種類の幹細胞がいて、それがずっと分裂して、毛をつくり出す細胞を生み出すから大丈夫なのです。また、日々の食物の消化と栄養吸収の活動によって腸管上皮の細胞が摩耗するけれども、腸がなくならないのは、腸のひだの奥に幹細胞があるからです。

ショウジョウバエの場合、オーヴァリオール(卵巣小管)の先端のほうにジャーマリウム(germarium:卵巣原基)があり、そこにGSC(Germline Stem Cell)という生殖幹細胞があります。これが非対称分裂によって生殖幹細胞自身と、分化していくシストブラスト(CB)と呼ばれる細胞を生み出し、4回分裂して、16細胞シストを形成し、それが濾胞(ろほう)細胞(follicle cell)と呼ばれる細胞に包まれ、卵室となって形成細胞層から分離します。卵室の中にある16個の生殖細胞のうち、15個は哺育細胞、1個が卵母細胞として成熟していくのです。

卵巣原基

生殖幹細胞が分裂してシストブラストになるのですが、そのときにバム(Bam)という遺伝子が発現して、分化を引き起こします。16個の細胞集団をつくり、最終的に卵室になるためにはBamが発現しないと駄目なのです。
私たちは、この遺伝子が発現しない変異体を持っています。この変異体は、シストブラストになってもBamがオンにならないから、ずっと幹細胞のまま。つまり、分化過程が阻害され卵ができません。

不妊はヒトにもありいろいろな要因があるのですが、ハエの場合、その分化(成熟)に重要な遺伝子が機能を果たせなくなったということがよくあります。つまり、その遺伝子は幹細胞の分化、あるいは生殖細胞の分化に必要だということです。
このように、変異体を取ってきて遺伝子を同定し、その遺伝子が何をしているのかを解析する学問が遺伝学です。

タンパク質を見るために

本日は卵巣を取り出したあと、蛍光顕微鏡で、生殖細胞に特異的に発現するバーサ(Vasa)というタンパク質を観察します。普通、タンパク質は解剖しただけでは見えませんが、GFPを融合させ、特定の波長の光を当てることで、Vasaを緑色の蛍光タンパク質として観察することができます。
皆さん、GFPを知っていますか。GFPはGreen Fluorescent Protein、緑色蛍光タンパク質の略で、日本人の下村脩(しもむらおさむ)先生がオワンクラゲから発見しました。彼はこの発見で2008年にノーベル化学賞を受賞しました。化学賞ですが、生物学の発展に非常に貢献した発見といえます。
今日は、解剖した生の組織を蛍光顕微鏡で見ます。Vasaだけではなく、赤い蛍光色素と融合させたスピンドルイー (SpindleE)というタンパク質も見ます。どちらも粒々の構造として見えるので楽しみにしていてください。

特定の波長の光を当てて観察するための蛍光顕微鏡

ゲノムを守る仕組み

皆さん、トランスポゾン(transposon)って聞いたことありますか? 動く遺伝子、あるいは転移因子と呼ばれます。実は、生物のゲノムは非常に多くのトランスポゾンを持っています。私たち人間のゲノムには40%ぐらいの、由来が全然違う、例えばオリジンがウイルスだったりするようなものが寄生しています。恐ろしい話でしょ、40%ですよ。でも、トウモロコシのゲノムは80%がトランスポゾン。ハエも20%ぐらいはトランスポゾンです。

彼らの目的はゲノム中でコピー数を増やすことです。ただ、せっかく増えても、そのゲノムが体細胞だといずれは細胞が死んでしまうので意味がない。だから、ゲノムが次世代に引き継がれる生殖細胞で増えるんです。トランスポゾンがポンポンと飛ぶと、ゲノムのあちらこちらに挿入変異が入ってしまう。それではまずいので、生殖細胞はトランスポゾンが増えないようにしています。それがこの写真の粒々の構造体です。信じられないことに、この1粒1粒で小分子RNA(piRNA)ができていて、それがトランスポゾンのRNAを分解したりして抑制しています。

トランスポゾンからゲノムを保護するpiRNAは、「ヌアージュ(nuage)」と呼ばれる生殖細胞の構造体でつくられる。甲斐先生のグループは、ヌアージュに局在し、piRNAの生合成に機能するTejas (Tdrd5ホモログ)タンパク質(赤)をはじめとしたいくつかのタンパク質を同定した。緑色は核内でpiRNAの産生に関与するPiwiタンパク質。

こういう機構があるので、生殖細胞にトランスポゾンが発現せず、ゲノムが守られているのです。生殖細胞のゲノムがずたずたになると生殖細胞ができないので、このpiRNAをつくるメカニズムが駄目になったとき動物は卵も精子もできなくなって不妊になる。VasaもSpindleEも、このpiRNAをつくるための重要なタンパク質です。
それではラボに移動しましょう。

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