中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」
第11回
永遠に命をつなぐ生殖細胞の不思議を探る
第4章 質疑応答
海外留学・英語について
- 甲斐
- 私のプレゼンテーションは以上ですが、何か聞きたいことはありますか。
- 松尾
- 海外へ行って戻ると出世が早いというのは本当ですか。
- 甲斐
- うそです。
- 一同
- (笑)
- 甲斐
- 私は、海外から出戻った人が出世しやすい時代は終わったと思います。確かに海外経験があるほうがラクなことはありますが、例えば、日本でずっと博士研究員をしていれば、日本のコミュニティーにすごくなじむ。自分の研究や人となりを研究者仲間に知ってもらえるということですね。あるところで教授や准教授などの公募があった場合、「この人、いいよ。研究班で一緒だったから、よく知っている」。実際に応募してきたら、「同僚としてお薦めできる人物」と言ってもらえるということもあるんです。でも、私のように17年も海外にいたら、どこの馬の骨ともわからないでしょ? 幸い、生命機能研究科に私を知ってくださる先生方がいたので、そこは保証していただけたのですが。
- 松尾
- では、海外に行ってよかったことは?
- 甲斐
- 海外のシンポジウムに呼ばれたり、論文のレビューを頼まれたりすることが多く、それは業績になります。ワールドワイドな研究者コミュニティーに参加しやすくなることかな。
- 田口
- 英語についてですが、アメリカに行かれる前からある程度できていたのか、あるいは行ってから習得されたのでしょうか。
- 甲斐
- 英語は、本当に「ある程度」でしたね。いまの学生さんは、特に立命館高校の生徒さんは、英語でのプレゼンやポスターセッションなどを活発になさっていますが、私たちの時代はそんな経験はゼロですから。私がサイエンス関係で海外へ行ったのは、博士研究員の面接のためにアメリカに行ったのが初めてです。だから、研究でも日常生活でも最初の1年はすごくつらかったですね。
研究について
- 竹村
- 先生が研究者になろうと思ったのはいつごろですか。
- 甲斐
- それは早かったですよ。小学校のときに思っていました。高校時代は英語や考古学にも興味があり、文系進学も考えましたが、研究者になっても英語はしゃべれるし、古いことを見つけるよりは新しいことを探したいなと思って。
- 編集
- オリジナリティーのある自分の問いを見つけるのが大切だと思うのですが、どうやっていまの研究テーマを見つけたのですか。
- 甲斐
- すみません、実は運なんです。偉そうなことを言っていますが、研究者が自分のテーマにたどり着くのは結構、運に左右されます。先ほど皆さんにお見せした粒々のきれいな構造体がありますが、あれもたまたま見つけました。
出会いがテーマを決めていくところがあって、「やってみたら面白い現象にぶつかった」と、たぶん、ほとんどの先生がそうおっしゃると思います。それが自分の興味をインスパイアして、自分を幸せにする。私は、博士研究員のとき、本当に幸せだったんですよ。例えばNature誌に発表した、分化しはじめた生殖細胞が幹細胞へ脱分化する現象を見つけたとき、「これは誰も知らない。世界で私だけ」と思ったら、頭の中からパーッと何かが出て……、そういう幸せな瞬間を知っていることが私の研究者人生を支えています。
- 松尾
- ぼくは課題研究を1人で黙々とやっているのですが、他の人と一緒に研究しなければならないこともありますか。
- 甲斐
- あります。いまやコラボレーション、共同研究ばかりですよ。まったく分野が違う人と組んで、それぞれの得意分野から一つの現象を探ったりします。またカミオカンデなど国家プロジェクトの場合は、チームを組まないとやっていけない。数十億、数百億単位の国家予算をかけたプロジェクトとなると、それはもうチームでしか動けません。
もちろん、1人でできるものもあります。例えばプログラムの開発やデバイスの高速化などは比較的1人でもできます。ただ、チームは大事です。
- 足立
- 私はいま、学校での研究とは別に、もう1つ研究プロジェクトに参加して研究案を考えているのですが、自分がこれをやりたいと思ったとき、それをGoogleなどで調べると、もう完璧な答えが論文で出ていたりします。そういうことを繰り返していると、自分が何を知りたいのか曖昧になってきます。自分が知りたいことを、どうやって見つけたらいいのでしょう。
- 甲斐
- それはとてもいい質問で、問いを見つける能力ですね。そこは、はっきり言って、日本の教育のブラックホールだと私は思っています。立命館高校はすごくやっていると思うのですが、まず自分が何が知りたいのかを設定する。それができたら、どうやって調べるのかは自ずと出てきて、テクニカルなところは大学院教育などでけっこう鍛えられると思います。
それから、誰かに先にやられていても、私はいいと思うんですよ。まずは問題を設定することが大事で、そういうことに高校時代から取り組んでいるのは素晴らしいと思います。答えにはなっていないのですが、やり続けてください。
- 足立
- はい、ありがとうございます。
進路について
- 竹村
- 大学受験を考えているものの、正直、大学がどんなところで、何を学ぶのか、よくわかりません。研究者も視野に入れているのですが、「こんな分野があるよ」と聞いても実感できない中、どう決めていったらいいのかなと。
- 甲斐
- 分野や専攻は、途中で変えてもいいと思いますよ。例えば、大学院から変える、あるいは大学に入ってから転部するなど、専攻を変えるのは比較的できると思います。
あとはリベラルアーツの大学に行くことです。学部の間はあえて専門性を身につけない。あるいは、メジャーとマイナー、第1専攻、第2専攻を選べる大学も増えているので、そういうところに進学して、講義を受けたりインターンシップをしたりする中で自分の興味や研究していて楽しいことを探す方法もあります。だから、あえてリベラルアーツの大学に行く。私は阪大の教員なので、こんなことを言ってはいけないのかもしれないけど(笑)、自分の子どもが迷っていたら、そう言います。
- 田口
- 私には「こうなりたい」、「これにすごく興味がある」ということがそれほどなくて、理系のグローバルコースにいるものの、実は文系教科のほうが得意です。大学も、動物が好きだから農学部に行くか、得意な文系にするかで迷っているのですが、文理の決め方にアドバイスがあれば。
- 甲斐
- それこそ、リベラルアーツじゃない? それと、コロナ禍でオンラインになるかもしれないけれど、オープンキャンパスや公開セミナーなどで文系ものぞいてみたらいいんじゃないかな。
- 田口
- ありがとうございます。もう一つ、高校や大学時代にやっておいてよかったと思うこと、いま役立っていることはありますか?
- 甲斐
- いろいろなところに旅行したことです。高校時代に1人でツアーに参加し、中国に行きました。大学に入ってからは、バックパックを背負っていろいろなところに行ったのですが、それもよかったですね。そのおかげか、行ったこともないアメリカに博士研究員の面接を受けにいったときも物おじせずに済みました。
サイエンスとはまったく関係ないけれど、トルコ、イタリア、ギリシャを1カ月かけて回るといった旅行は若いころしかできないことでした。たぶん、いま同じ旅行をしても感覚的には全然違うと思います。そのときに見て美しいと思った風景、出会った人たち……、それらは若かった私に絶大な影響を与えました。世界は広い! ぜひ、いろいろな出会いをしてください。
大学生時代の夏休みに1ヵ月かけて上海ー西安ー蘭州ー敦煌ー吐魯蕃ー烏魯木斉までシルクロードを旅した。蘭州の白塔山公園で黄河を背景に
「嘉峪関」(万里の長城の最西部の要塞)にて
- 一同
- ありがとうございました。