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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第17回
私たちの手の指はなぜ5本?
体の形を決める発生プログラムをひもとく

第1章 講義

1-1 研究者としてのあゆみ

田中
今日は「体の形づくりの設計図に迫る」というテーマでお話ししますが、まずは自己紹介から。私は仙台生まれで、大阪市立大学から東北大学大学院に進み、それからイギリスとアメリカに行き、東工大に来ました。
私は、絶対に研究者になりたいと思っていて、高校の保健体育の授業でヒトの発生の映像を見た時に、これだと。サイエンスをやるのなら、一番わからないことが一番面白いし、何もないところから子どもができる発生は不思議で、「これだ!」と思いました。
大阪市立大では発生生物学で非常に有名な、団まりな先生の研究室に。すごくラッキーなことに、学生は私1人でした。生意気にも「私は絶対に研究者になります。でも、どんな研究があるのかわからない」と相談したところ、研究室にあった学会の要旨集を見せてくださいました。そこで東北大学の井出宏之先生が行っていた四肢の発生の研究を知り、将来は鰭と四肢を題材に進化発生の研究を行うことを決めて、井出先生の研究室に入りました。
脊椎動物の体は、何もないところに鰭ができて、その鰭が手足へと進化し、さらにその形を多様に変化させていくので、これらのプロセスを明らかにできれば、形態進化の謎に迫れると思ったからです。
それから、研究者はインターナショナルでなければと考え、学位を取った翌日だったと思うのですが、イギリスのロンドン大学に行きました。なぜここに行ったかというと、研究者は大学ではなく、人で選ぶんですね。私が選んだのは、四肢の発生の研究で著名なシェリル・ティックル(Cheryll Tickle)先生の研究室。ヘビの足の退化のメカニズムに迫った研究もされており、「四肢で進化と発生をやるなら、ここだ」と思ったわけです。その後、研究室がスコットランドのダンディー大学に引っ越したので、5年近く、スコットランドで過ごしました。
そして、四肢は鰭から進化するし、魚の発生についても学びたいと考えていたので、ゼブラフィッシュ研究の総本山であるアメリカのオレゴン大学のジョン・ポストルスウエイト(John H. Postlethwait)先生の研究室で、魚の鰭の発生を研究しました。
田中
先ほど女性研究者への差別という話がありましたが、私は東工大に来るまで、自分を「女性」研究者だと思ったことは一度もありませんでした。なぜかというと、少なくとも私のいたイギリスやアメリカの大学・研究所には女子学生や女性研究者が多く、ダンディー大学では同じフロアに女性教授のほうが多いくらいでした。
ラッキーが続いて、33歳の時、東工大の助教授に採用していただきました。私は自分を「女性」研究者だとは思っていなかったのですが、東工大に来たら、何と生命理工学科(当時)初の女性教授会メンバーでした。あれから18年経っていますが、いまこのフロアにある5研究室のうち3研究室の先生が私を含めて女性です。生命系は国際的には女性研究者が多いのですが、国内でもかなり増えた印象があります。国内外の学会にも女性の会長がたくさんいらっしゃるので、分野によるのかもしれないのですが……。

1-2 生命現象をどの立場から捉えるか

田中
先ほど急きょ追加したスライドを見てください。皆さんが知っている生物学は高校の教科書のようなイメージだと思います。しかし、実際には、生命現象をどういった立場から捉えるかで研究の仕方は異なり、大学で行われている研究は高校の生物の教科書で学ぶものとは全然違います。
田中
自己紹介で早川さんが地球外生命体に興味があると話してくれたけど、「地球の生命の起源は何か」という問いに対して、宇宙に存在する材料を組み合わせて生命を創れるか調べるという研究もあります。そう、「生命を創る」の中でみんなが知っているのはES細胞ぐらいかな。
「生命に学ぶ」なら、バイオミメティクス(生物模倣)などは生物の資料に載っているかしら。同じ「生命に学ぶ」でも、生命を情報操作できる物質として捉え、情報デバイスや人工生命を開発するという研究もあります。
「生命を利用する」なら、バイオエネルギーぐらいは知ってる? それだけではなく、光合成生物や膜脂質を利用するなど、高校の生物で習っていないことをたくさん研究しています。
「病気を治療する」は、がんの治療薬を創ることと思うかもしれないけど、それだけではなくて、例えば遺伝子に着目して治療するとか、がんを光らせて見えるようにするとか。特にがんのような疾患の場合、手段はたくさんあったほうがいいから、いろいろなアプローチがあるのね。
田中
生命現象は物理現象と化学反応なので、生物学には物理と化学、さらには数学なども必要になってきます。例えば私の研究テーマである「四肢の発生」でも、指の形態形成をチューリングパターンと呼ばれる数理モデルで説明しようという研究が行われています。生命現象の解明はいろいろなアプローチができる、とても面白い研究分野だと思っています。
※動物の体の模様など生き物のパターンが作られる仕組みの理論を提示した、イギリスの数学者であるアラン・チューリング(Alan Mathison Turing)にちなむ。

1-3 鰭から四肢へ、どう進化したのか?

田中
私の研究室では、動物の体の形がどのように進化したのかを調べています。私たちの祖先はナメクジのような形をしていました。そんな何もないところから鰭ができ、手足ができてくる。なぜ形が変わるのかといえば、発生プログラムが変わるからなんですね。「鰭が指に変わるなんて相当、大きな変化が起きたのでは?」と思うかもしれません。
このサメの胸鰭の骨格を見ると、体幹とつながっている付け根部分の骨が3本あることがわかります。付け根部分の骨が複数本あるのは、原始的な鰭の特徴です。一方、マウスや私たちの手足の付け根部分の骨は1本。
複数あったのが1本になったことで、サメは鰭をヒラヒラとしか動かせないけど、私たちは手首をグルグル回せますね。また、鰭が手足へと形態を進化させたことで、木に登ったり空を飛んだり、陸上を動き回れるようになったのです。
解剖学的に前は親指側、後ろは小指側です。進化の過程で、鰭の前側の2本の骨がなくなったのではないかといわれていましたが、本当に前側の骨がなくなると手になるのでしょうか?

図は(Onimaru et al., 2015 eLife 4:e07048)より改変

田中
トラザメ胚とマウス胚で、遺伝子がどこで発現して(働いて)いるかを調べてみました。前側の親指遺伝子(Pax9)と、後側の手のひら遺伝子(Hand2)の発現領域を見ると、マウス胚では手のひら側がすごく大きくて、親指側が小さい。サメも同じ遺伝子が出ているけど、手のひら側が狭くない?
ということで、サメの鰭はほとんどが親指側(前側)であることがわかりました。つまり、進化の過程で、最初は広かった前側が、手になる時にバーッと狭くなるということが起こった。これを見つけたのは、かつて私の研究室に所属し、いま名古屋大学の助教になっている鬼丸 洸(おにまる こう)先生です。

図は(Onimaru et al., 2015)より改変
※原基:将来ある器官になることに予定されてはいるが、形態的・機能的にはまだ未分化の状態にある部分。

田中
では、なぜ最初は狭かった後側が広くなったのでしょう? そこには、後側の遺伝子(Hand2)の発現を抑えるGli3遺伝子の存在があります。遺伝子の発現は場所の取り合いのようなところがあり、Gli3遺伝子は「こっちは親指の場所だから、来るなよ」と働いている感じ。逆にGli3遺伝子がないと、うちわの骨のように指の数がバーッと増えてしまいます。

サメの胸鰭では後側、マウスの前肢では前側でGli3遺伝子が強く発現している。図は(Onimaru et al., 2015)より改変

田中
ヒトやマウス、ニワトリ、アフリカツメガエル、シーラカンス、サメなどでGli3遺伝子の働く場所を決めるDNA配列を調べたところ、ほんの少しの配列の違いで形が変わることがわかりました。Gli3遺伝子が親指側(前側)に限定されたことで、手のひら側(後側)が広くなったのです。
手のひら側が広くなれば、本当に手に近づくのかを調べるため、サメの手のひら側(後側)を人為的に広げてみました。どうなったかというと、付け根の骨が3本だったのが、1本の上腕骨になりました。絶滅した肉鰭類(にくきるい)・ティクターリク(Tiktaalik)の鰭くらいには近づいたのかもしれません。形の進化の過程では、何か新しい遺伝子が出てきたというより、遺伝子の発現する場所などが変わることで豪快に形が変わるケースのほうが圧倒的に多いのです。
※3億年以上前に生息した絶滅肉鰭類で、魚類と四肢動物の中間的な特徴を持つ。

図は(Onimaru et al., 2015)プレスリリース資料より改変

ティクターリク(想像図)

鰭から四肢への進化の過程では、前側と後側のバランスが少しずつシフトしていくことが、付け根の部分に1つの骨、先端に5本の指を持つ四肢へと進化していく上で重要な要因の一つであるとわかった。図は(Onimaru et al., 2015)より改変
※鰭条(きじょう):鰭を構成する膜状部を支える線状の組織。

1-4 生物によって指や指間の形が違うのはなぜ?

田中
次は、手足を形づくるメカニズム「指間細胞死」について。指間細胞死とは、手足の細胞の一部が死ぬことによって指の間が削り取られることです。細胞死は進化を考える上で非常に重要です。では、なぜこのような仕組みが生まれたのでしょう。
私たちは指が5つに分かれていますが、アヒルには水かきがあります。これは指間細胞死が抑制されているためです。一方、ウマやラクダは指の数が少ないのですが、これは指間細胞死が行き過ぎてしまった結果です。
このように羊膜類では、指は細胞死によって分離されるのですが、両生類では細胞死で指を分離しているわけではありません。両生類がどうやっているかというと、指や指間の成長(細胞の増殖速度)が違うことで指を分離しています。細胞死で指を分離するほうが効率がいいはずですが、そのシステムが存在していないのです。
※初期の発生過程において羊膜が形成される四肢動物の総称で、爬虫類、鳥類、哺乳類が含まれる。

両生類の場合、指の成長(黒矢印)と指間の成長(赤矢印)のバランスで水かきができるかどうかが決まる。一方、羊膜類は、指間を細胞死(濃い青の部分)によって削り取る。アヒルやオオバンなどは指間細胞死を抑制すること(薄い青の部分)で、水かきができる。図は(Cordeiro et al., 2019 Dev Cell 50, 155‒166)プレスリリース資料より改変

田中
では、手足の形を多様にした指間細胞死のシステムは、どのように生じたのでしょう?
ニワトリのように陸で発生し、オタマジャクシにならないカエルがいます。コキコヤスガエルといいますが、実は指間で細胞死が起こっていたんですね。細胞死が起こっている場所を見ると、ニワトリは指間でものすごくはっきりとしているけれど、コキコヤスガエルのほうはバラバラで汚い。コキコヤスガエルでは細胞が死んでいるだけで、指の形づくりには関係ないようなのです。でも、細胞死は起こっている。指間細胞死の有無は、羊膜類か両生類かで決まるのでは? 両生類なのに細胞死があったり、なかったりするのはなぜ?
※オタマジャクシとしての幼生期がなく、陸で産み落とされた卵の中で小さなカエルの形をした幼生となる。
実は、ニワトリの手足の元となる肢芽(しが)では、細胞死を起こしている細胞で高いレベルの活性酸素種(ROS)が産生されていることがわかりました。活性酸素種って知ってるかな? 活性酸素種は老化や病気など健康を害する悪玉で、美容の分野でもシワの原因などといわれています。悪玉として知られる活性酸素種が、形づくりで必須の因子となっていたのです。
下の写真で赤く表示されている部分が活性酸素種が産生されている場所。赤と緑が混ざると黄色になり、活性酸素種が出ているところの細胞が死んでいることがわかります。
※酸素分子から生成される反応性の高い化合物の総称。ROS:Reactive Oxygen Species。

図は(Cordeiro et al., 2019)より改変

田中
ニワトリの肢芽を切り取り、酸素濃度を変えられるインキュベーターの中に入れ、酸素濃度を下げて培養してみました。そうしたら、細胞死が起こらなくなったのです。
昔、指間細胞死が確認される例外的な両生類として報告されたシーページサラマンダー、実はコキコヤスガエルと同じく陸で発生する両生類ですが、その細胞死もバラバラでキレイではないものでした。これはいよいよ酸素だと思いました。
私たちはお腹の中にいても胎盤から酸素を取り入れるので、水の中とは比べものにならないほど高い酸素濃度環境で発生します。では、水の中で発生するアフリカツメガエルのオタマジャクシを高い酸素濃度環境で飼育したら、どうなったと思いますか? 何と、指間で細胞死が起こったのです。

足に水かきを持つアフリカツメガエル。写真提供:越智陽城博士(山形大学)

「指間細胞死」という発生プログラムが誕生するまでのモデル

水中の酸素濃度は6~14ppmと低いが、陸上では209,000ppmと圧倒的に高い。図は(Cordeiro et al., 2019)より改変

田中
つまり、両生類にも指間細胞死をするための分子メカニズムがあるけれど、あと一押しがなかった。一押しがあって初めて細胞死が起きる。水の中は酸素の量が少なく、陸に上がるとめちゃめちゃ多いから、陸に上がるということ、つまり環境中の酸素濃度が上がることが最後のポイントだったというわけです。
もともと生物にはダメージを受けた細胞を取り除くというシステムがあります。だから、酸素濃度の高いところに行った両生類、例えばオタマジャクシが乾いたところにいて細胞がダメージを受けても、駄目になったところだけを取り除けばいいじゃないかと、そういうストレス応答性のようなものがあって、指を分離するためにこのシステムを使うように進化したのかもしれないですね。
指の周りにはもともと血管があって、酸素が運べるんですね。だから、四肢動物の中に陸で発生するものが出てくると、血管は指間の組織へ酸素を供給するようになり、指間で細胞死が起こるようになったと考えています。でも、どうやってこのシステムが羊膜類の四肢のパターン形成に必須なメカニズムになったのかは、これから明らかにしていかなければなりません。

1-5 まとめ

田中
今日お話ししたことを簡単にまとめると、鰭も手も形づくりに使われている遺伝子には共通しているものが多く、塩基配列のちょっとした違いで遺伝子の発現する場所が変わり、形は変わりうること。
そして、指間細胞死を利用した手足の形づくりには、まさかの酸素が関わっていたこと。遺伝子情報ではなく、ただ酸素が多いか少ないかだけで発生プログラムが変わってしまう。病気や老化もそうだよね。ゲノム情報は変わらなくても、同じ個体なのに変化しています。
じゃあ、研究室に行って、エミューの卵を開けましょう!

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