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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第18回
ようこそ言語脳科学の世界へ
自然科学で言語を解明!

第2章 言語学と脳科学を巡る歴史

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生徒の皆さんから質問を受ける前に、言語学と脳科学の関係を少しお聞きしていいでしょうか。
酒井
ええ、どうぞ。
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言語学において脳を測定するという動きが出てきたのはいつごろからですか。
酒井
私たちは脳活動の測定にMRI*1を使うのですが、それができるようになったのは90年代から。80年代には放射線を使うPET*2という方法があり、さらにその前は脳波でした。もちろん脳波は今でも使われますが、脳の内部からは十分に届きません。従って、脳の中まで見ることができる技術が確立したのは、ちょうど私が医学部にいて研究を始めた90年代で、これはすごいぞと。
PETのように放射性物質を使うと内部被ばくを起こすので、何度も撮影することができません。X線を使っても脳の働きがわかるわけではないし、X線よりさらに波長が短く破壊力のあるガンマ線を使うので、やはり自分ではできないなと諦めかけたころMRIが登場し、非常に明るいニュースでした。
それまでサルの脳で研究していましたが、研究室の教授に「本気で人間の脳を研究したい」と言ったところ、たまたま日立製作所がMRIで人間の脳を生理学的に研究する若手研究者を探していてマッチングできたので、日立に通いながら研究を始めました。
*1 MRI:磁気共鳴画像(Magnetic Resonance Imaging)。脳の組織構造を、水素原子の局所磁場に対する応答性から測定し画像化する手法で、まったく傷をつけずに外部から脳組織を観察する方法として広く使用されている。
*2 PET:陽電子放射断層撮影(Positron Emission Tomography)。正電荷を持っている陽電子(ポジトロン)を放出する核種(放射性同位元素)で標識した化合物を投与し、その体内の分布を撮影して機能測定を行う方法。
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先生は本の中で「理系と文系に分けないほうがいい」と書いていらっしゃいますが、やはり脳に興味を持って調べる言語学者は圧倒的に少なかった?
酒井
少なかったです。私がボストンにいたとき、それまで紙とペンで研究していた理論言語学の人たちがMRIに関心を持って脳を測定し始め、一緒にやろうという話になりました。それが90年代後半です。
でも日本に帰ってきたら、やっている人はほとんどいなくて、「MRIで何も出なかったらどうするの?」と心配する声もありました。ただ私は若かったこともあり、新しい分野に挑戦したいという気持ちのほうが強かったですね。
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最近の若い言語学者には酒井先生のように脳を調べる人も?
酒井
はい、増えてきました。私の研究室もそうですが、福井さんを含め理論言語学を専攻する人と一緒に脳の論文を書いていて、まもなく公表されます。言語学の最先端と神経科学の測定技術が結びついた成果です。
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「二言語より多言語のほうが、脳活動が活発になる」という研究*がありましたが、なじみのないカザフ語のような言語で調査するほうがよくわかるのですか?
酒井
その人にとってまったく新しい言語であるため、新しい言語を覚えたとき脳のどこが敏感に働くのかが見えるというわけで、面白い研究でした。
*英語とスペイン語を習得した日本語母語話者(多言語)は、英語を習得した日本人(二言語)と比較して、新たな言語の習得時の脳活動が活発になることを発見。新たな言語の獲得に有利であることを脳活動から初めて明らかにした。その研究の際に使われた言語が多くの人になじみのないカザフ語であった。
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生成文法という言葉だけを見ると少し腰が引けるのですが、後半に見せていただいた図表(現象→仮説→実証)は非常にわかりやすいと思いました。
酒井
今なら遺伝子を解読してDNAの配列がわかりますが、それがまったくわからない時代に進化論という仮説を立てたわけです。脳の働きも目に見えないので、生成文法という仮説を立てて実証する。本当に言語が自然に身につくのであれば、なぜそうなるのか、目に見えない何かで説明するのがサイエンスです。
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第一言語として幼いころ覚え、考えずに出てくるような言葉を使うときと、英語のように中・高校生になってから勉強して覚えた言語を話すときでは、使う脳の部分はかなり違うのでしょうか。
酒井
大事な部分は同じですが、周りをどのくらい使うかが違います。これは大学生での実験ですが、熟達度の高い学生は文法中枢という文法に関わる一番大事な部分をピンポイントで使う。一方、熟達度の低い学生は文法中枢も使うけれど、右脳も含め、それ以外の余分な場所も一生懸命に使います。いっぱいアシストしている感じですね。
ネイティブの人は本当に必要なところだけをバシッと使うから、ほとんどエネルギーがいらない。そうでない人は、小脳も含めいろいろな場所で「ああでもない、こうでもない」「こうだっけ? いや、ちょっと待てよ」といった迷いが現れます。
こんなに脳が活性化したと真っ赤になった画像がよくありますが、それでは不十分で、本当にできるようになれば必要なところだけを使う省エネ脳になります。
編集
無駄なエネルギーを使わずに済むということですね。ありがとうございました。

参考:脳の言語地図
人間の脳には4つの言語中枢があります。
・文法を処理する:文法中枢
・意味を理解する:読解中枢
・語意を処理する:単語中枢
・抑揚などの音声を処理する:音韻中枢

左脳を左側から透視した画像。図の左が脳の前側になる
※酒井先生の著書『勉強しないで身につく英語』から転載

また、酒井先生は言語の文法処理を支える3つの神経回路を発見し、損傷を受ける脳の部位によって異なる言語障害が起きることを発見しました。

3つの神経回路(赤:ネットワークⅠ、緑:ネットワークⅡ、青:ネットワークⅢ)。図は左から順に、左外側面から、後方から、上方から、神経線維束を投影
※科学技術振興機構(JST)プレスリリースより転載
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20140211/

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