中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」
第19回
思わず引っかきたくなる「かゆみ」
その基本的なメカニズムを学ぶ
第1章 講義
1-1 皮膚バリアとは?
- 鎌田
- 今日は皮膚のかゆみの話をします。この図はヒトの皮膚の構造で、上から表皮、真皮、皮下組織の3層構造となっています。血管は皮下組織から真皮にかけて存在し、汗が出る汗腺や毛は真皮から表皮に突き抜けたような構造になっています。
- 次の写真は、ヒトの皮膚を薄くスライスし、ヘマトキシリン・エオジン染色※で細胞の核と細胞質を染め、顕微鏡で見たものです。説明したとおり、真皮の上に表皮がありますね。これからお話しする皮膚バリアで重要なのがこの表皮の部分。ここが4層構造になっていて、下から基底層、有棘(ゆうきょく)層、濃くなっているところが顆粒層で、その上の網状になっているのが角質層です。表皮は95%が角化細胞(ケラチノサイト)でできています。
- ※自然染料のヘマトキシリンと合成色素のエオジンを用い、組織成分を青藍色と赤色とに染める基本的な組織染色法の一つ。細胞と組織の全体像を把握するために用いられる。
- 皮膚バリアの役割は内側からの水分蒸発を阻止し、外部からの異物の侵入を防ぐこと。このバリア機能で非常に重要な役割を果たしているのが、表皮の一番外側の角層バリアと顆粒層にあるタイトジャンクションバリア※です。
皮膚バリアが壊れやすくなる原因に、疾患と環境要因があります。疾患としては、生まれつき皮膚バリアが脆弱な状態にあるアトピー性皮膚炎。アトピーの人はもともとバリア機能が低下していますし、乾燥肌もバリアが壊れたような状態になりやすい。
環境要因としては、冬場の冷たく乾燥した空気や飛行機の機内のような低湿度環境、あとは石けんや洗剤でゴシゴシ洗い過ぎたり、爪を立てて引っかくことでもバリアが壊れやすくなります。
- ※隣り合う細胞と細胞の間を密着させて隙間を埋め、物質の通過を防ぐバリア。
- これは干からびた田んぼの写真ですが、水を抜いてしばらくすると、たくさん亀裂が入った状態になります。これと同じことが実は皮膚でも起きています。
- 皮膚の表面を拡大してみると、健康な皮膚はあまり亀裂が入っていませんが、乾燥肌は深い亀裂が入っています。この亀裂の隙間から水分が蒸発したり、異物が入ってきたり、そういったことが起きるんですね。
- では、異物が皮膚に侵入すると何が起きるのでしょう。正常な皮膚バリアがある場合、アレルゲンのような異物は中に入りづらいのですが、皮膚バリアに異常があると、アレルゲンが先ほど見た亀裂、つまりバリアが壊れたところを通って侵入しやすくなる。そうすると、皮膚の中にいる抗原提示細胞※のような免疫系が活性化され、アトピー性皮膚炎をはじめとするアレルギーを発症しやすくなります。これを「経皮感作(けいひかんさ)」と呼んでいます。
- ※細菌やウイルス、がん細胞など身体にとって異物の断片を自分の細胞表面上にくっつけ(これを提示という)、T細胞を活性化させる細胞。
- 経皮感作の例をいくつかご紹介します。
2017年ころ、ニュースなどで話題になったのが「茶のしずく石けん」。この石けんには、保湿効果を期待して加水分解小麦(グルパール19S)という成分が配合されていました。顔を洗ったとき、この成分が皮膚や粘膜を通して少しずつ体内に入り込んで経皮感作された結果、小麦アレルギー症状が出るようになり、社会問題にまで発展しました。
次の例としては、サーファーの納豆アレルギー。海で泳いでいるときクラゲに刺されて経皮感作され、クラゲに対するアレルギーになりました。納豆にもクラゲのポリガンマグルタミン酸という成分が含まれているため、納豆アレルギーにもなってしまったという例です。
3つ目が化粧品のコチニール色素。コチニール色素はいちご牛乳やカンパリソーダ、マカロンなど食品を赤く染めるのに使われる色素ですが、化粧品を赤く着色する目的でも使われています。そういった化粧品を使うことで、やはり経皮感作され、コチニール色素を含む食品を食べるとアレルギーが出るようになったという事例です。皆さん、ここまではいいですか?
- 生徒
- はい。
1-2 バリアが壊れるとかゆみが起きる
- 鎌田
- 冬になると肌が乾燥してかゆくなりますが、その原因の一つが「かゆみ神経」が伸びてしまうこと。普通の肌と乾燥肌を比べると、普通の肌はかゆみ神経が真皮で収まっているのに対し、乾燥肌のほうは表皮まで入り込んでいます。こうなると、わずかな刺激でもかゆみを感じやすくなるというわけです。
- では、そもそもかゆみとは何でしょう? かゆみとは引っかきたいという欲望を引き起こす不快な感覚。また別の考え方では、皮膚に付着した異物を除去する防衛反応でもあります。私が高校生ぐらいのときは、かゆみは痛みの弱い感覚と考えられていましたが、現在、かゆみは痛みとはまったく別の感覚であることがわかっています。
- かゆみの原因物質としてよく知られているのがヒスタミンという物質です。なので、かゆみ治療にはヒスタミンの作用を抑制する抗ヒスタミン薬がよく使われます。しかし、抗ヒスタミン薬が効かない、あるいは効きにくいかゆみもあるんですね。私たちは、そういったかゆみを「難治性のかゆみ」と呼んでいます。
まず、ヒスタミンが関係するかゆみですが、虫刺されやじんましんなどによるものです。蚊に刺されると膨らんだ皮疹(ひしん)が出てきますが、じんましんだとよりたくさん出てくる。これは、ヒスタミンによって血管が一時的に膨らんで赤くなり、血液の中の血漿(けっしょう)成分が細胞の周りに染み出し、皮膚が盛り上がっている状態です。ヒスタミンはかゆみ神経を刺激するので、かなり強いかゆみを引き起こします。
- もちろん、ヒスタミンが関わらないかゆみもたくさんあります。その一例としてハッショウマメを触ったときのかゆみを紹介します。写真ではわからないと思いますが、さやの部分に非常に細かいトゲが生えていて、触るとすごくかゆくなります。これはヒスタミンとは関係なく、トゲに含まれている酵素が神経末端の受容体を活性化することで、かゆみを引き起こします。
- じゃあ、どんなときにかゆみが起きるの? かゆみを起こす病気についても見てみたいと思います。まず、今お話しした虫刺されやじんましん、乾燥肌やアトピー性皮膚炎、乾癬(かんせん)※といった皮膚疾患があります。それ以外にも肝疾患や腎不全、血液透析をしている患者さん、がん患者さんにもかゆみが現れます。
虫刺されとじんましんはヒスタミンが関係しているので、抗ヒスタミン薬がよく効きます。テレビCMで宣伝しているようなかゆみ止めですね。しかし、下の青枠で囲ったような病気の場合は抗ヒスタミン薬が効きにくく、ヒスタミン以外の原因によるかゆみが想定されています。
- ※皮膚細胞の増殖が過剰な状態になって皮膚が厚く積み上がり、赤い発疹の上に銀白色のフケのような鱗屑(りんせつ)がくっつき、最終的にはポロポロとはがれ落ちる。
- この図は神経の軸索※末端の模式図です。神経の軸索末端にはさまざまなかゆみ物質の受容体が発現しています。放出されたかゆみ物質が受容体に結合することでシグナルが伝わり、かゆみ感覚が起こります。ヒスタミンはヒスタミン受容体に結合しますが、他のかゆみ物質もいろいろな細胞から放出されることがわかっています。
- ※神経細胞から伸びる長い突起。神経細胞のシグナルは軸索を通して他の細胞に伝えられる。
- 私は乾燥肌やアトピー性皮膚炎のかゆみに注目して研究しているのですが、これらのかゆみには抗ヒスタミン薬が効きにくい。そもそも乾燥肌やアトピー性皮膚炎の場合、皮膚バリア機能が低下しています。
先ほど乾燥肌ではかゆみ神経が伸びているとお話ししましたが、アトピー性皮膚炎の場合はもっと顕著です。健常な皮膚とアトピー性皮膚炎の皮膚を比べると、アトピーのほうに緑色に光るものが多くみられます。これが神経線維(かゆみ神経)で、皮疹が出ている病変部だと、もう表皮の角層直下まで伸びている。こうなると外からの刺激を非常に受けやすくなります。
- こういった神経線維の伸び縮みをコントロールしているのが、軸索ガイダンス分子と呼ばれるタンパク質です。神経の軸索末端を「こちらに来い」と呼び寄せる神経伸長因子と、「こちらに来るな」と遠ざける神経反発因子の2つあり、一つは神経を伸ばす、もう一つは神経を縮める、伸びを抑える役割をします。この2つの量的バランスによって神経が表皮の中まで入ってくるか、こないかが決まります。
- 皮膚における軸索ガイダンス分子の発現バランスはどうなっているかというと、健常者の皮膚では神経反発因子のほうが量的に多いので、神経線維が表皮の中に入りにくい状態になっています。軸索ガイダンス分子は表皮の角化細胞によって産生されるので、この部分で反発因子が多いと神経が入ってこれません。
逆にアトピーの病変部では反発因子の発現が減少し、伸長因子が量的に増えるので、神経がどんどん表皮の中に伸びてきて、かゆみを引き起こしやすくなります。
- アトピーの病変部にはさまざまな免疫細胞が存在していて、サイトカイン※という物質を出しています。例えば、ヘルパーT細胞の一種であるTh2からは、IL-4やIL-13、IL-31などインターロイキン(IL)と呼ばれるサイトカインが放出されています。こういったサイトカインが皮膚炎やかゆみの原因になるわけです。
- ※主に免疫細胞から分泌される低分子のタンパク質で、細胞間の情報伝達の役割を担う。
1-3 かゆみの治療法について
- 鎌田
- 次は、治療法です。よく「かゆくても、引っかいちゃ駄目」と言いますが、その理由はかゆみと掻破(そうは)の悪循環に陥るからです。かゆくて引っかくと、バリアが壊れます。バリアが壊れると炎症が起こります。炎症が起こると、またかゆくなる。かゆい→引っかく→炎症が起きる→かゆくなるというループにはまると、いつまでたっても皮疹が治らない。この悪循環を止めないと皮膚炎もよくならないので、かゆみを抑制するために適切な治療を行う必要があります。
- アトピー性皮膚炎のかゆみ治療法をまとめてみました。アトピーの治療というと、皆さんステロイド外用薬が真っ先に思い浮かぶと思うのですが、それ以外にもいろいろな治療法が開発されています。
表の一番上が外用療法、塗り薬ですね。免疫抑制剤の塗り薬もあるし、紫外線療法といって皮膚に紫外線を照射する治療方法もあります。あとは飲み薬(内服療法)で、これは免疫抑制剤。
その下のJAK阻害薬と生物製剤(抗体製剤)は最近出た新薬で、次々に新しいものが登場しています。
- 皮膚炎やかゆみの原因となるインターロイキン(IL)などサイトカインの働きを抑える抗体製剤やJAK阻害薬の仕組みを簡単に説明しましょう。
IL-4やIL-13などのサイトカインは、細胞膜上の受容体と呼ばれるタンパク質に結合することで、細胞内にシグナルを伝えます。なので、IL-4やIL-13が分泌されても受容体に結合できないようにすれば、作用できないので症状が収まる。デュピルマブという抗体薬は受容体に結合して、IL-4やIL-13が結合できないようブロックする薬です。
それから、細胞の中に注目すると、いろいろな酵素が受容体にくっついているのですが、ヤヌスキナーゼ(JAK)という酵素があって、IL-4やIL-13が受容体にくっつくと、この酵素が活性化してシグナルが中に伝わるので、これを阻害してやる。それがJAK阻害薬で、これもIL-4やIL-13の働きを抑える、今一番新しい薬です。
こういった病院での治療の他、保湿する、お風呂で体を洗い過ぎない、汗をかいたら早めに洗い流す、室内の加湿に気を配るなど、日常的に自分でできるスキンケアもあります。
以上が、かゆみの基本的なメカニズムになります。
出典:サノフィ株式会社ホームページ掲載図より一部改変