中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」
第19回
思わず引っかきたくなる「かゆみ」
その基本的なメカニズムを学ぶ
第3章 質疑応答、アドバイス
■受容体が活性化するとかゆみが生まれる?
- 肌附
- ハッショウマメのところで「受容体を活性化することで、かゆみを引き起こす」というお話でしたが、受容体と結合するとかゆみが生まれるということですか?
- 鎌田
- トゲにタンパク分解酵素が含まれていて、その酵素が神経末端におけるプロテアーゼ受容体を活性化し、それによってかゆみが起こります。

ハッショウマメのトゲに含まれるタンパク質分解酵素がプロテアーゼ受容体を活性化
- 肌附
- 活性化するとかゆみが生まれる?
- 鎌田
- そうですね。活性化すると、この中にシグナルが伝わってかゆみ感覚が起きてきます。
- 肌附
- わかりました。ありがとうございます。
- 鎌田
- ちなみに、これが乾燥したハッショウマメです。

乾燥したハッショウマメ
- 編集
- ちょっと触ってみてもいいですか。
- 鎌田
- かゆくなると思いますが、触りますか? 止めたほうがいいかもしれませんよ。
- 編集
- すぐかゆくなるのですか? まだ全然きません。

指でつまみ、さやをなでてみるが……
- 鎌田
- 意外と大丈夫かな?
- 坂井
- これを触った手で人に触ると、触られた人もかゆくなるんですか。
- 鎌田
- トゲが刺さっているから、トゲが刺さった状態で触ったらかゆくなるかもしれません。
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- 乾燥していてもトゲの酵素は生きているんですか。
- 鎌田
- 生のほうがかゆいかもしれません。これをもらったとき、怖いから触らなかったんです。
- 坂井
- タマネギのように何かの成分が噴射されて目がかゆくなるのとはまた違いますか?
- 鎌田
- トゲなので、それとは違う。むしろ山芋をすると手がかゆくなるのに近いかな。あれはシュウ酸カルシウムの針状結晶が皮膚に刺さるからです。
- 鎌田
- かゆいですか?
- 編集
- 全然かゆくないです。
- 鎌田
- じゃあ、乾燥したのは大丈夫なのかな?
- 編集
- ちょっとがっかりしています(笑)。

肌附亜夢(高校2年)
■紆余曲折を経てたどり着いたかゆみ研究
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- 先生が最初に実験が面白いと思ったのはいつごろですか。
- 鎌田
- 学生時代ですね。栄養学部には調理実習と実験の授業があるのですが、私は断然、実験のほうが好きでした。

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- 栄養学部の実験とは、どのようなものですか?
- 鎌田
- いろいろありますが、食品学の実験だったら食品のタンパク質や脂質を定量したり、解剖生理実習だとラットなどの動物を解剖して組織を調べたり、生化学実験ならヒトの体の成分を分析するとか……。
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- 修士課程に進むとき、どの先生に師事するか、どんな分野の院を選ぶか、先生はどのように決めたのですか。
- 鎌田
- 医療系に進みたかったので、修士課程で医療系研究科に入ったのですが、私がついた先生は農学部出身だったということが後からわかりました。体のことを研究したかったのですが、やらなければならないテーマは大豆だったんですね。大豆のタンパク質を2年間研究し、希望とはちょっと違ったなという感じでしたが、何とかやり遂げました。それもあってすぐ博士課程には行かなかったんです。
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- かゆみとの出合いは?
- 鎌田
- 博士課程のとき皮膚の保湿因子を研究していて、その段階で、かゆみの論文を読んだりすることがありました。博士号取得後、今までやってきたことを生かして就職したいと思い、探していく中でたまたまこちらで募集があったので受けてという感じです。なので、ちょっと成り行きの部分もありました。
■さまざまな研究背景を持つ先生方
- 鎌田
- 最初に、かゆみ研究センターには、いろいろな専門領域の研究者が集まっているとお話ししました。せっかくなので、今日は薬学部ご出身の古宮栄利子先生と工学部ご出身の飛田知央先生をお呼びしました。
- 古宮
- 私はすごく変わった経歴の持ち主で、いろいろなことをやってきました。修士は薬学で、薬を必要な時間、必要な場所へ狙い通りに届ける「ドラッグ・デリバリー・システム」を、そこから理学部に行ってがんの浸潤(しんじゅん)について、そして今は鎌田先生と一緒にかゆみの研究をしています。ね、行き当たりばったりでしょ(笑)。筋の通った研究をしてきたとは言えませんが、逆にそれが自分の強みというか、例えば薬学的なアプローチならこうじゃないかと考えるわけです。
ところで、皆さんは研究者に対してどのようなイメージを持っていますか?

古宮栄利子(こみやえりこ)先生:順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所 助教
- 坂井
- マウスを観察したり、顕微鏡をのぞいたり、そういうことをしていらっしゃるのかなと。
- 古宮
- そのとおり。私は人付き合いが苦手なので、研究者になろうかなと思ったんですね。でも、研究者は薬やマウスだけを見ている、解剖だけしているのではなく、結構人と話します。いろいろな学会に行って研究者同士で話したり、上司の先生、後輩と話すことが思っていた以上に多く、そこが意外でした。
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- 飛田先生は工学部ご出身とのことですが。
- 飛田
- 確かに工学部なのですが、生物をメインに扱う生物工学を専攻。その後、研究者になるために経験を積もうと関西の大学の医学系研究科に進みました。もともとアトピー性皮膚炎を発症していたこともあり、その研究をしたいなとは思っていましたが、ポスドクになるタイミングで今しかないと決断し、それまでやってきた分野を変更。去年からかゆみの研究をさせてもらっています。

飛田知央(とびたともひろ)先生:順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所 博士研究員
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- 工学部出身ならではの強みってあるんですか?
- 飛田
- いや、どうでしょう。私は一般的な工学部でやるような機械や材料ではなく、いわゆる理学部系の生物学のようなことをやってきました。なので、あまり強みのようなところは……。ただ、基礎でプログラミングに触れていたので、もしかしたらバイオインフォマティクス※のような方向で生かせるかもしれません。一般的な工学部だったら、生体材料や再生医療、あるいは医療機器の開発などがイメージしやすいのかな。
- ※コンピューターを用いた分析から生命現象を解き明かしていくことを目的とした学問分野。日本語では生命情報科学、情報生命科学などと呼ばれている。
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- 今や医工連携も盛んですね。かゆみ研究の面白さは?
- 飛田
- 私自身アトピーなので、じかに症状を見ているようなところもあり、その経験を還元できないかなと。自分の経験と研究がダイレクトにリンクしているのは、今までになかった面白さだと思います。
- 古宮
- かゆみ研究を始めてから、今までとは何か違う感覚ってありますか?
- 飛田
- 少しマニアックな話ですが、ここがかゆいとなったとき、この神経が興奮して、こう伝わって、脳がかゆみを感じているんだなと、伝達経路のようなものを想像したりします。
- 古宮
- 私がかつて携わっていたがん研究と比べると、かゆみ研究は比較的新しい。がん研究は研究方法がほぼ確立されていて、こうやるべきだと決まっていることが多いのですが、かゆみは研究手法まで自分で考えられ、自由度が高い気がします。研究を自分で組み立てられる楽しさですね。
あと、研究者が3人いたら3人ともアプローチがまったく違うこと。その人が研究してきた背景によって発想がまったく変わるのが、すごく面白い。グループミーティングでも私の全然知らない話がたくさん出ますし、これはこの人に聞けばわかるなど、ひとくちに「かゆみ」といってもアプローチがたくさんあります。
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- 古宮先生、飛田先生、ありがとうございました。
■まだまだ解明すべき点の多いかゆみ研究
- 編集
- かゆみ研究はわりと新しく、いろいろなアプローチがあるというお話でした。先ほどの模式図には、かゆみ物質と結びつく受容体がたくさん並んでいましたが、これからもっともっと見つかる可能性も?
- 鎌田
- あると思います。わからないことがたくさんあるので、まだまだこれから研究していかなければなりません。アトピーの新薬がいろいろ出ていますが、それでかゆみが100%止まるかというと、そういうわけでもない。どうやったらかゆみがよくなるのか、研究のしがいがあります。

- 肌附
- 先生は、かゆみの研究をやっていて最終的にこんなふうにまとめたいといった未来像はありますか。
- 鎌田
- 今日のミニ講義では私の研究内容はほとんどお見せしていないのですが、私はセマフォリン3A(Sema3A)というタンパク質に注目して研究しています。アトピーになるとセマフォリンが少なくなることで神経が伸びてくるので、これを増やしてやれば元の状態に戻るのではないか……、セマフォリンを増やす薬を見つけるための研究ですね。
マウスを使って実験していたのですが、マウスではセマフォリンの産生を増やす薬を使ってもうまくいかなかった。マウスとヒトでは遺伝子発現の制御機構が少し違うのではないかということで、今、ヒトの細胞を使った三次元培養表皮モデルで実験しています。容器の中でヒトの皮膚の表皮細胞を重層化させて表皮構造を作り、それを使ってアトピーモデルができないかという実験です。

アトピー性皮膚炎病変部では、緑色で表示されたセマフォリン3Aの発現が著しく低下している
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- なかなか思いどおりにいかないこともあるんですね。
- 鎌田
- このセンターに来る前、天然保湿因子の産生酵素について研究していて、その酵素は思ったとおりの結果が出てやりやすかったのですが、同じようにはいきません。
- 編集
- 最初はマウスで実験されていたとのことですが、アトピー体質のマウスって作れるんですか?
- 鎌田
- はい、作れます。生まれつきアトピー素因のあるマウスを不衛生な環境で飼うと自然にアトピーになるのですが、うちの実験施設はクリーンなので、ダニのエキスを軟膏(なんこう)にしたものを塗っています。ダニエキスを塗ってやるとアトピーを発症します。
■続々と新薬が登場するかゆみ治療薬
- 田中
- 私は幼稚園のころからアトピーを発症していて外用薬で治療しています。○○を食べるとかゆみが軽減されるとか、XXを飲むとよくなるという話を聞くことがあるのですが、ある特定の食べ物で本当にかゆみが軽減するのでしょうか。
- 鎌田
- 食べ物でエビデンスが取れているものはあまりないかもしれません。バリア機能を回復させるとか、ドリンクのようなものもあるのですが、実際、病気を治すほどの効果があるかというと、ちょっと疑問です。

田中希歩(高校2年)
- 坂井
- 「かゆいときは冷やすといい」と言います。アレルギー反応でかゆいときと、ハッショウマメのトゲが刺さったときでは対処法が違うのでしょうか。トゲでも冷やすと効く?
- 鎌田
- トゲが刺さるという物理的な刺激が来ているので、この場合は違うかもしれません。難しい質問ですね。一般的にかゆいところにスースーするメントールを塗ると収まることはありますが、ハッショウマメのサヤを触ったときにメントールを塗れば治るかどうかはわからないですね。
- 肌附
- 昔、かゆいところにオロナインを塗っていたのですが、あれは効果があったのでしょうか。
- 鎌田
- オロナインはニキビに塗ったりするので、主に消毒作用があるのだと思います。
- 肌附
- 塗ったらかゆみが収まった気がしたので、かゆみ治療薬かなと思っていました。
- 鎌田
- かゆみ治療薬ではなく、傷薬ですね。
- 坂井
- かゆみ治療薬は、その薬の種類にもよるのでしょうが、何年ぐらいのスパンで新薬が出てくるのですか。
- 鎌田
- どうなんでしょう、出るときは結構一気に出るという感じです。抗体製剤やJAK阻害薬は2018年ころから毎年、毎年、新しい薬が出ています。22年に発売されたネモリズマブは、かゆみを引き起こすサイトカイン(IL-31RA)の受容体を阻害する薬で、かゆみに特によく効くといわれています。
- 坂井
- 塗り薬よりも注射のほうが早く効く?
- 鎌田
- そういうわけでもなく、塗り薬でも効くものは効くと思います。ネモリズマブは抗体製剤で、抗体製剤は注射で投与することが多いですね。あと、飲み薬や注射薬は全身に効いてしまうので、副作用が出やすい。免疫系を抑えるので、感染症にかかりやすくなるなどの副作用はあるようです。
■医療系に進学するには、どんな科目を学べばいい?
- 鎌田
- 皆さん、医療系を希望しているとのことですが、どういう領域に進みたいのですか。
- 田中
- 祖父が医者なので、そっちかなと思っています。
- 鎌田
- 医学部ということ?
- 田中
- はい。
- 編集
- 坂井さんはどうですか?
- 坂井
- いろいろなことに興味があり、例えば血液の研究とか、先ほど少しお話があった薬学も面白そうだなと思います。実験や観察も好きです。
- 編集
- 今、高校でどのような実験をしていますか。
- 坂井
- 生物だと遺伝子解析をしたり、植物を解剖してどういうふうになっているのかを見たり、化学の実験も面白いと思っています。

坂井マリア(高校2年)
- 坂井
- 先生が今、研究している中で一番役に立った教科、勉強しておいてよかった科目は何ですか?
- 鎌田
- 私は化学が好きだったのですが、化学は勉強しておいてよかったなと思います。化学と物理を高校2年で、生物は3年のときにしか履修していなかったけれど、意外と何とかなっています。
それから、栄養士になりたいと思ったころ、臨床検査技師にも少し興味があり、先生に相談したら「物理を取ったほうがいい」と言われ履修したのですが、女子はあまりいなくて……。少なくないですか?
- 生徒
- 男女半々ぐらいかな。
- 鎌田
- 以前、医師の人と話したとき、生物ではなく物理を取ったと言っていたので、てっきり物理は必修かと。
- 生徒
- 物理と化学が必須の大学もあります。入学後、生物の復習のような授業が1年ぐらいあるらしいので、生物をやっていたほうがアドバンテージになるとも聞きました。
- 鎌田
- 確かに。
- 編集
- 皆さん、今日の研究室訪問はいかがでしたか?
- 全員
- とても楽しかったです。ありがとうございました。

終了後、参加者にプレゼントされた、順天堂かゆ みセンター著『かゆみをなくすための正しい知識 肌トラブルを解消する』(毎日新聞出版)