公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

大学の卒業研究で出会った「共生微生物」という未知の世界

———大学はどんな観点から選んだのでしょう?

生物に興味があるので生物が学べる大学、ということが大前提でした。成績はそこそこ良かったんですが、数学が比較的苦手で、社会にはまったく興味がなくてダメだったので、国立大学の中では東京大学の理科II類が生物系ですし、共通一次の配点が低いので悲惨な社会が致命傷にならないということで選び、なんとか合格できたという感じです。

———大学でも虫採りに熱中しましたか?

生物学研究会というサークルに入って、日本各地に虫採り遠征をしていました。虫だけでなく、バードウォッチングなどにも手を出しましたが、衝撃的にハマったのが南西諸島での虫採りでした。

———南西諸島というと沖縄方面ですね。

大学1年の春休みに、生物学研究会のみんなが石垣島に遠征するというので、一緒に行きました。初めての沖縄で、亜熱帯の雰囲気や植生、本土とは大きく異なる魅力的な虫や生きものたちにすっかり魅了されて、それからは毎年、アルバイトしてお金をためて、春休みと秋休みには必ず、沖縄本島、石垣島、西表島、与那国島、宮古島、奄美大島などを訪れるようになりました。独りでレンタカーに寝泊まりしながら、昼も夜も山の中に入りっぱなしで、それまで見たことのなかった生きものを追い求めることを繰り返すうち、めくるめくほどに多様で美しく、精妙な虫たちの多様性の秘密や進化の不思議をひもときたいと思うようになっていきました。

大学1年の春休み、石垣ダムの建設予定地で。そのときの同行者は研究者として活躍中。左から、山本直之 名古屋大学教授(魚類行動学)、奈良部孝 農研機構領域長(病害線虫防除)、濡木理(ぬれき・おさむ)東京大学教授(タンパク質構造解析)。右端が深津先生。

———東大では3年次に本郷で専門課程が始まり、4年に卒業研究をしますね。研究室はどのように選んだのでしょう?

このように生物の多様性や進化に興味があったので、当然のように理学部生物学科動物学教室に進みました。しかし実習はすごく楽しかったのですが、実際に何を研究しようかというと、ちょっと違うな…と、研究室選びを迷っていたのです。ちょうどそのころ、駒場にいた石川統(はじめ)先生が本郷の動物学教室の教授に就任しました。駒場で何度か先生の授業を受けたときの印象も良かったし、アブラムシの細胞内共生細菌について研究を展開しているということで、昆虫を使った進化の研究ができるかもしれないと、石川先生の研究室への配属を希望しました。
こうしてぼくは、昆虫と微生物の共生という未知の分野に足を踏み入れることになりました。もし石川先生が本郷に異動するのが1年遅れていたら、まったく違う研究をしていたかもしれません。人生、一期一会です。

———石川先生はどんな先生でしたか?

石川先生は完全放任主義でした。自分のやりたいことを好きなようにやりなさいと。そしてひたすらビールを飲んでました(笑)。

———お酒がお好きだったんですね。

ぼくが研究室に入ったころは、石川先生は教授になったばかりで、特に意気軒昂だったんでしょう。週に3〜4回は教授室で飲み会がありました。ぼくは一番下っぱなので、夕方になると先生が実験室にやってきて「深津くん、ちょっと行ってくるか」と五千円札を渡されて、赤門の向かいにある酒屋にビールを買いに行く。先生は柿の種などの乾きものをつまみにひたすらビールを飲むんです。セミナーや共同研究でお客さんが来たときには必ず飲み会があって、夜遅くまで多くの研究者や研究室の仲間たちと、専門の研究の話のみならず、いろいろなことについて語り合い、多くを学ぶことができました。振り返ってみれば、飲み会もかけがえのない教育の場であったと思います。
それともう一つ、石川先生の研究室で重要な出会いがありました。

飲み会の石川統先生

———どんな出会いですか?

教授室の書棚にはおもしろそうな本がたくさん並んでいて、飲み会のときに目をつけては先生からお借りして読んでいました。その中の1冊が、ドイツの微生物学者ポール・ブフナーの『Endosymbiosis of Animals with Plant Microorganisms』(独語版は1953年、英語版は1965年に刊行)だったんです。この本との出会いは衝撃でした。

———今から70年近くも前に出版された本ですが…?

分子生物学の興隆以前、生物学の最先端のテクノロジーが光学顕微鏡だった時代に、手に入る限りのありとあらゆる虫について、それぞれの体の中にどんな共生微生物がいるかを光学顕微鏡で観察してスケッチし、その知見を集大成した本だったのですが、圧倒的な情報量で興味深い話が山のように載っていて、それを調べた研究者たちの情熱が時代を超えて伝わってくる。手つかずのおもしろい現象の記載が無数に詰まった宝箱のような本だったんです。ぼくが大学院生時代を通じてほとんど私物化しており、こんなふうに書きこみだらけにしてしまいました。後年、石川先生が亡くなられた際に、奥様にお願いして形見分けしていただきました。今も座右の書で、アイディアの源泉になっています。

石川先生形見のブフナーの本の表紙、および書きこみだらけの目次

———石川先生の研究室で、虫と共生微生物という生涯のテーマに出会ったわけですね。

卒業研究ではエンドウヒゲナガアブラムシの体内にすむ共生細菌が合成するタンパク質の可視化に取り組みました。大学院でも引き続き石川研究室に所属して、アブラムシ類における共生細菌の多様性の探索に没頭し、共生細菌を失って共生真菌を獲得したアブラムシを発見しました。博士課程ではこのアブラムシのグループ、ツノアブラムシ類に焦点を絞って共生微生物の多様性を探求するため、東南アジア諸国を歴訪してアブラムシの収集と解析を行いました。これまでに扱ってきた生物は多種多様ですが、共生現象から見えてくる生物の多様性や進化の研究に取り組み続け、今日に至っています。

大学院修士2年のころ、国際学会で訪れたオクラホマの道端で虫を追いかける。

雨季のインドネシア・カリマンタンの水没地帯では、ボートをチャーターしてアブラムシを採集。