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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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内部共生によって、微生物の持つ機能を丸ごと取り込む

———これまでの具体的な研究プロジェクトを例に、先生のご研究をいくつか紹介していただけませんか?

まず、共生とは何かについて簡単に説明しておきましょう。地球上には多種多様な生物がいます。そのなかでも昆虫は名前がついているものだけで約100万種以上が知られていて、既知の生物多様性の過半数を占めています。どのようにしてこのような多様性が生まれてきたのかを考えたとき、ぼくが注目してきたのが「共生」という現象です。

———共生というと、「多文化共生」とか「共生社会」などは最近よく使われる言葉ですね。

「共生」という言葉は、みなさん聞いたことがあると思いますが、生物学の分野では文字通り「共に生きる」関係を指します。両方が得をする「相利関係」、片方が損してもう一方が得をする「捕食関係」や「寄生関係」、片方が得でもう一方は損でも得でもない「片利関係」、そしてどちらも損も得もしない「中立関係」などいろいろあって、これらすべてを含む包括的な概念が共生なんです。

———Win-Winの相利関係だけじゃないんですね。

共生のなかでも、特にぼくが取り組んでいるのが「内部共生」という現象です。これはある生物の体の中に微生物が取り込まれて、永続的もしくは半永続的に共生している状態のことです。体の中に入っちゃうということは、それ以上近づきたくても近づけない、最高の空間的近接性で成り立つ共生関係です。したがって、きわめて高度な相互作用や依存関係が見られます。こうした共生関係から新しい生物機能が生まれてくることもあります。多くの場合、共生微生物と宿主は一体化して一つの生物のようになってしまいます。究極の共生関係といえるでしょう。

———文字通りの一心同体。

例えばアブラムシは、単為生殖といって、メスがメスを産んで、生まれたメスがまたメスを産み、クローンでどんどん増えていきます。アブラムシのおなかの中を見ると卵巣がたくさんあって、その中に数珠つなぎに発生段階の異なる胚が並んでいて、大きくなったものから次々に産まれてくるんですが、それら1匹1匹のアブラムシの中に共生細菌のための特別な細胞があって、その中に「ブフネラ」という共生細菌がすんでいます。ちなみにブフネラという名前は、先ほどの本の著者のポール・ブフナーにちなんで命名されたんですよ。

アブラムシの内部共生系。アブラムシは、内部共生のために特殊化した菌細胞を体内に持っており、その細胞質には共生細菌ブフネラが多数存在する。

———そのブフネラは、アブラムシの体内でどんな役割を果たしているんでしょう?

アブラムシは一生を通じて植物の汁だけを吸って生きています。植物は光合成といって、光のエネルギーを利用して二酸化炭素と水からブドウ糖を作ります。ブドウ糖は2分子がくっついてショ糖、いわゆる砂糖になって、維管束を通って植物の体のいろいろなところに運ばれて利用されます。つまり、アブラムシは文字通り、この「甘い汁」を吸って生きているんです。ところが、植物の汁にはエネルギー源になるショ糖はたくさん入っているんですが、体を作るのに必要なタンパク質はほとんど含まれていません。ぼくら人間も、ジュースを飲めば甘くておいしいけれど、それだけ飲んで一生過ごすのは無理ですよね。ところがブフネラは、アブラムシが餌とする植物の汁の中の成分から、タンパク質を作るのに必要な必須アミノ酸を合成して供給してくれるんです。だからアブラムシは植物の汁を吸うだけで生きていける。このように、栄養代謝の重要な部分を微生物に頼っている共生関係を「栄養共生」といいます。

———アブラムシは、共生細菌なしには生きていけないのですね。

実はこの両者の共生関係というのは、1億年以上前から続いていることがわかっています。まだ地球上を恐竜が歩きまわっていたころから、アブラムシの体の中にはこの細菌がいて、アブラムシの種が分かれるときに共生細菌も分かれるという形で、進化の歴史を完全に共有してきたんです。

———アブラムシ以外の例では?

シロアリは、ほとんどの動物が消化できない木材をバリバリ食べて、特に熱帯地方で大繁栄していますが、こんなことができるのは、大きく発達した後腸に特殊な原生生物や細菌を大量に保有していて、それらが難分解性の木質高分子、特にセルロースを消化してくれるからです。このように、消化という機能を体内の微生物に依存している共生関係を「消化共生」といいます。
アオバアリガタハネカクシという小さな甲虫は、初夏に電灯に誘引されて家の中に飛び込んでくることがあります。この虫を手で払いのけたりして体液が皮膚につくと、大きなミミズ腫れができて激烈に痛みます。これは体内の共生細菌がペデリンという毒物質を作り出しているからです。このように、敵に対する防衛機能を体内の微生物に頼っている共生関係を「防衛共生」といいます。
共生によって、微生物の持つ特殊で効率の良い機能を丸ごと取り込むことで、自分だけでは利用できない食べ物から栄養を取ったり、敵と戦う武器を手に入れたりできるようになるわけですね。

———共生微生物がいないと生きていけない昆虫はどれぐらいいるんでしょう?

アブラムシに限らず、そのへんに普通にいるセミやカメムシ、ゾウムシ、ハエ、アリ、シラミ、ゴキブリなどは、共生微生物がいないと生きていけません。おそらく昆虫類の10~20%ぐらいは、共生微生物が生存に必須です。そしてほとんど100%の昆虫に、生存に必須ではないものの共生微生物がいて、感染によってさまざまな影響を受け、中には性質が変わってしまうものもある。内部共生によって新しい生物機能が生み出されるのです。

アブラムシのおなかの中の共生系。緑色が必須アミノ酸を作る共生細菌ブフネラ、赤色の細菌は別の種類の細菌で、それぞれ別の細胞に局在している。複数の微生物が一つの個体の中で相互作用をし、繁殖力や環境への適応を左右する共生の生態系を形づくっている。
詳細は2012年5月28日の産総研研究成果を参照。
「生存に必須な共生細菌が子孫へ伝達される瞬間をとらえた!」