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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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共生微生物が体色を変え、食べ物の嗜好を変え、宿主の性を変える

———内部共生によって生み出される機能の例を教えてください。

例えば、昆虫の体色というのは、同じ種かどうかを認識したり、天敵から隠れたり、毒があるぞと警告したり、魅力的な相手としてアピールするなど、生きていくうえで非常に重要です。それが体内の共生細菌によって劇的に変わってしまう場合があります。

———共生細菌が昆虫の体色を変えてしまうんですか?

エンドウヒゲナガアブラムシには、なぜか緑色の虫と赤色の虫がいます。見た目はずいぶん違いますが、同じ種類です。なぜ、同種なのに緑と赤が共存しているのでしょうか?アブラムシの代表的な捕食者として、テントウムシと寄生バチがいます。テントウムシはアブラムシをむしゃむしゃ食べちゃうタイプの捕食者ですが、緑の葉の上で目立つ赤いアブラムシの方をよく捕まえて食べる傾向にあります。一方、寄生バチはアブラムシの体の中に卵を産みつけ、体内から幼虫がアブラムシを食べて殺しちゃうタイプの捕食者で、なぜか緑のアブラムシによく産卵する傾向があります。つまり、異なる捕食者には異なる色の好みがある。だからアブラムシでは、赤だけが有利になったり緑だけが有利になったりすることなく、体色の多型が維持されているのだと考えられてきました。
ところが、私たちがヨーロッパのエンドウヒゲナガアブラムシ集団の共生細菌を調べていたときに、それまで知られていなかった「リケッチエラ」という共生細菌を発見しました。驚いたことに、リケッチエラに感染したアブラムシから体液を採取して感染していないアブラムシに注入したところ、赤色のアブラムシが緑色になってしまったのです。

緑色のアブラムシは赤色のアブラムシと同一のクローンだが、共生細菌リケッチエラの感染により体色が緑色に変化した。
詳細は2010年11月19日の産総研プレスリリースを参照。
「昆虫の体色を変化させる共生細菌を発見」

共生細菌リケッチエラの電子顕微鏡写真。mはミトコンドリア。

———生存に関わる性質さえも、共生細菌の有無で変わってしまうんですね。

クロカタゾウムシというとても硬いゾウムシがいます。クロカタゾウムシだけでなく多くのゾウムシ類では、消化管を取り巻くように発達した共生器官があって、その中に「ナルドネラ」という細胞内共生細菌を持っています。こういったゾウムシの幼虫に抗生物質を与えて共生細菌を叩いてやると、赤っぽくてフニャフニャの成虫が羽化してきます。つまり、ゾウムシが硬くなれるのは共生細菌のおかげだったんです。ナルドネラのゲノムはすごく小さくなっていて、虫の体の硬化に必要なチロシンというアミノ酸を作るのに特殊化していることを明らかにしました。

(左)正常なクロカタゾウムシ成虫(右)幼虫に抗生物質を与えて共生細菌ナルドネラを抑制したクロカタゾウムシ成虫。赤っぽく柔らかくなってしまう。
詳細は2017年9月19日の産総研プレスリリースを参照。
「ゾウムシが硬いのは共生細菌によることを解明」

共生細菌ナルドネラの電子顕微鏡写真

———共生細菌は、産まれたときから体内に存在するのですか?

アブラムシの場合は母虫のおなかの中で、卵巣内の胚に共生細菌が受け渡されます。ゾウムシなどでは、卵の形成過程で共生細菌が取り込まれるので、産まれた卵の中にすでに共生細菌が入っています。宿主の生存に重要な共生細菌の多くは、このようにして確実に次の世代に伝えられます。
マルカメムシでは、母虫が食草のクズの芽に卵を産むときに、一緒に褐色の小さな塊を産みつけます。この塊は内部に腸内共生細菌を封入した「共生細菌カプセル」で、孵化した幼虫はカプセルを吸うことで、共生細菌を獲得します。言ってみれば、共生細菌入りの「お弁当箱」というわけですね。マルカメムシの幼虫は、共生細菌を摂取しないと、正常に育つことができません。

産卵中のマルカメムシ。2列に並んだ卵の間に褐色の共生細菌カプセルが見える。
動画はこちら→

孵化後ただちに共生細菌カプセルを吸うマルカメムシ幼虫。
動画はこちら→

深津先生の研究室では、マルカメムシの共生細菌カプセルに大量に含まれるタンパク質を発見し、PMDPと名づけた。このタンパク質を作れなくしたところ、卵は2列産まれるが、共生細菌カプセルが入っていない卵塊になる。カプセルなしの卵から孵化した幼虫は、正常卵塊由来の幼虫に比べて成長が著しく遅滞する。
詳細は2021年6月15日の産総研プレスリリースを参照。
「母から子への共生細菌の伝達に必須な宿主タンパク質を発見」

マルカメムシは普段はクズという雑草の汁を吸っていますが、農家の方がダイズ畑を作ると、しばしば大挙して侵入し、農業被害を引き起こす害虫として問題になります。一方、南西諸島に分布するごく近縁のタイワンマルカメムシは、雑草のタイワンクズが食草ですが、農業被害を起こすことはほとんどありません。調べてみたところ、タイワンマルカメムシにダイズを食べさせると、次世代の卵の孵化率が低くなることがわかりました。そこで、マルカメムシとタイワンマルカメムシの共生細菌カプセルを交換してみたところ、なんと両者の次世代の卵の孵化率が逆転したのです。

成虫のマルカメムシ(左)とタイワンマルカメムシ(右)。共生細菌を入れ換えても見た目はほとんど変わらない。スケールは1mm。

ダイズ上で飼育したマルカメムシとタイワンマルカメムシの卵孵化の様子。ダイズ上では害虫のマルカメムシは正常に孵化する一方、非害虫であるタイワンマルカメムシは死亡率が高く、わずかしか孵化しない(コントロール)。共生細菌を入れ換えると、孵化率は逆転する。スケールは1mm。
詳細は2007年6月13日の産総研プレスリリースを参照。
「共生細菌による昆虫の害虫化の発見」

———害虫のマルカメムシが、ダイズではうまく繁殖できなくなったわけですね。

つまり、マルカメムシがダイズの害虫になるという性質は、カメムシ自身の遺伝子型ではなくて、主に腸内共生細菌によって決定されているということなんです。

———お弁当箱の中身によって、どんな食餌を利用できるかが変わっちゃうなんて!

昆虫の性を変えちゃう共生細菌もいるんですよ。
キチョウは日本中で普通に見られる可愛いチョウチョですが、種子島や沖縄本島にはメスしか産まないキチョウがいます。ボルバキアという共生細菌に感染して性転換が誘導され、子孫がすべてメスになってしまうのです。試しに、メスしか産まないキチョウの幼虫に抗生物質を食べさせて共生細菌を叩いてやると、奇形の間性個体のチョウチョが羽化します。卵巣と精巣を両方持っていて、交尾器もオスとメスのモザイクみたいな構造になります。ボルバキアの感染が抗生物質で抑制されることにより、性転換の作用が不完全になったからだと考えられます。

キチョウの正常個体と、ボルバキア抑制で生じた奇形の間性個体。

正常なキチョウはオスは精巣、メスは卵巣を持つが、間性個体は精巣と卵巣を両方持っている。
詳細は2007年7月2日の産総研研究成果を参照。
「共生細菌抑制によりオスとメスの中間的なチョウができる」

———つまり、共生細菌によって性が変わってしまうというわけですか?

性分化というのはずいぶん高度なしくみと思われます。人間だったら性染色体で決まり、XYなら男性に、XXなら女性になりますよね。ところが昆虫では、体の中に細菌が入っただけで性がころっと変わってしまう。とても不思議に感じられますが、なぜこういうことが起きるかには、ちゃんとロジックがあります。一般に生物において、大部分の遺伝子は、お父さんとお母さんから子どもに半分ずつ伝えられます。だから子どもはお父さんにもお母さんにも似ているわけです。ところが、いわゆる細胞質遺伝因子と呼ばれるミトコンドリア、葉緑体、そして細胞内共生微生物などは、卵の細胞質を通じてお母さんのみから子どもに伝えられます。精子は核DNAの詰まった頭部と、泳ぐためのべん毛である尾部からなり、ほとんど細胞質がないので、共生微生物が入る場所もないんです。だから、お父さんの体の中のミトコンドリアや、オスの虫の体内の共生細菌は、次の世代に伝えられることはなく、進化的には死んだも同然なんです。

———オスに入った共生微生物はかわいそう!?

ということは、ミトコンドリアとか共生微生物の立場になって考えてみると、オスに入ったら次の世代に行けない、死んだも同然となれば、どうしたってオスには入りたくない、できるなら確実にメスに入りたいわけです。だったら宿主をメスに変えちゃえばいいじゃないか、というわけで、このような能力を持った共生微生物が進化したのだと考えられています。

———それにしても、ボルバキアってすごい…

昆虫類は世界から100万種以上が知られていますが、その半分近くが共生細菌ボルバキアに感染しているのではないかという推定もあります。今お話しした性転換のほかにも、さまざまな生殖異常現象を引き起こすことが知られています。
さらに、例えば豆類の害虫として知られるアズキゾウムシでは、X染色体の中にボルバキアの大きなゲノム断片が入りこんで一体化しています。共生細菌から宿主昆虫への遺伝子水平転移の明確な証拠として2002年に報告したのですが、世界的な注目を集めました。もっとも、そのときは驚かれたのですが、今ではカミキリムシやショウジョウバエ、寄生バチをはじめさまざまな虫で、共生微生物のゲノムが水平転移して宿主のゲノムに取り込まれていることがわかっています。

アズキに産卵するアズキゾウムシ。

アズキゾウムシのX染色体上に存在する共生細菌ボルバキアのゲノム断片(マゼンタ)。
詳細は2002年10月29日の産総研プレスリリースを参照。
「共生微生物から宿主昆虫へのゲノム水平転移の発見」