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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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免疫学と細胞内輸送との融合で挑んだM細胞研究

———帰国後はどんな研究に取り組んだのでしょう?

日本に帰ってから取り組み始めたのがM細胞の研究です。もともと大学院では免疫の研究をしていたので、これと細胞生物学を結びつけた研究ができないかと考えて、1999年に金沢大学の教授となって独立したのを機に、エンドサイトーシスとかかわりの深いM細胞の研究を始めました。

———M細胞とはどんな細胞なんですか?

M細胞というのは腸管粘膜を構成する腸管上皮細胞のひとつで、パイエル板*をはじめとする腸管免疫組織を覆う部分に分布してバクテリアなどの取り込みに特化した細胞です。

*パイエル板
小腸の粘膜内にある、直径数cm以下の楕円形をした組織。10~40個のリンパ小節が集まっていて、腸内細菌など腸管内物質に対する免疫応答の制御に関わっている。パイエル板の腸管粘膜面は絨毛とは異なる上皮層で覆われており、ここにM細胞が分布している。

腸管免疫組織を覆う腸管粘膜(腸管上皮細胞)に分布するM細胞の模式図
(理化学研究所2012年6月18日付リリースより)

———マクロファージのような食細胞みたいなものですか?

バクテリアを取り込むといってもマクロファージのように自分で殺すのではなく、トランスサイトーシスによって腸の免疫組織に受け渡すことで、腸管免疫を発動させる細胞です。腸管粘膜は外部環境と直接接していて、食事などで摂取される病原菌やウイルス、さらに40兆個にも及ぶとされる腸内細菌に常にさらされており、いつ病原菌が侵入してくるかわかりません。そうした危険にいち早く対処するために、M細胞の役割はとても重要なのです。

———いつごろ発見された細胞でしょう?

1973年~74年にかけて電子顕微鏡による観察で発見されましたが、細胞の数が少ないし、どんなメカニズムを持ちどんな働きをしているのか、ほとんどわかっていませんでした。
パイエル板を覆う上皮細胞全体の5%から10%ぐらい存在していますが、腸全体の上皮細胞でみると1000万分の1以下しかいません。当時はモレキュラーバイオロジーも進んでいなかったし、今のように遺伝子発現データを調べることができるマイクロアレイもなかったため、ごくわずかしか見つからないM細胞にどんな遺伝子が発現しているのかもわかっておらず、免疫学者でM細胞に興味を持っている人はあまりいなかったのです。

———先生はなぜM細胞に着目したのですか?

学会の粘膜免疫のセッションでM細胞の存在を知って、調べてみたらほとんど手が付けられていないことに気づきました。ぼくはNIHで細胞内輸送をやっていたので、バクテリアの取り込みという特殊な輸送を行っているM細胞は恰好のテーマだったんですよ。ちょうどそのころ、マイクロアレイが出てきた時期で、M細胞の表面マーカーを同定したり、それまでまったく不明だったM細胞の成熟分化に必要な転写因子の存在を明らかにしたり、さらにはその分化の制御機構の一端を解明するなど成果を上げることができました。

マウスのパイエル板(白点線内)を覆う上皮層の染色画像。左の野生型マウスの画像で緑色に見えるのがM細胞。Spi-Bという転写因子が欠損したマウスではM細胞が消失しており、Spi-BがM細胞の分化に必須であることを発見した。
(理化学研究所2012年6月18日付リリースより)