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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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統合オミクス手法を用い、腸内細菌叢と疾病の関係を探る

———最近はブームといえるほど、腸内細菌の話題が健康雑誌をはじめマスコミを賑わせています。先生も宿主と腸内細菌叢の相互作用について、次々に研究成果を発表されていますが、先生が腸内細菌叢の研究に取り組むことになったきっかけを教えてください。

2001年に谷口先生が新規発足する理研の免疫・アレルギー科学総合研究センター長に就任されることが決まったときに公募があって、ぼくは腸管粘膜のチームリーダーになったんですね。組織としての正式な発足は2004年ですが、いろいろな準備が始まったのです。
そんななかで、2002年にヒトゲノムプロジェクトが一段落したあとの次の国家プロジェクトとして、腸内細菌をターゲットにしようという会合があって、谷口先生から、「腸内細菌は腸管免疫と関係があるから、お前が行ってこい」と指名されました。結局国家プロジェクトにはならなかったけれど、そのころから腸内細菌叢をテーマのひとつに掲げることにしました。

———腸内細菌叢研究の重要性はどんなところにありますか。

私たちの腸内には、500~1,000種類、40兆個以上の腸内細菌群が生息しており、腸内細菌叢(あるいは腸内フローラ)と呼ばれています。こうした多種多様な菌同士は、互いに作用し合うとともに、宿主であるヒトとも共生、相互作用して、宿主の生理・病理に大きな影響を与えています。
近年、次世代シーケンサーを使って、腸内細菌叢の遺伝子情報の総体を明らかにするメタゲノム解析が可能になりました。健康な人と疾患のある人のメタゲノム比較解析から、腸内細菌叢のバランスの乱れが、消化器疾患だけでなく、免疫・アレルギーや、糖尿病や肥満などのメタボリック症候群、さらにはうつ病や脳神経疾患など、多種多様な疾患の要因となることが次々にわかってきました。

———先生が採用されている研究手法はどのようなものですか。

メタゲノム解析により、腸内細菌叢を構成する遺伝子の組成や配列情報は得られるのですが、あくまで遺伝子のカタログ作りであって、それぞれの遺伝子から転写されるメッセンジャーRNAの量や、そこからタンパク質がどのくらい発現するか、そしてどのような代謝物がどれくらい産生され、宿主の生体活動にどういった影響を与えるかという、腸内の膨大な数の細菌群と宿主の相互作用までは解析できません。
幸い、理研内にはさまざまなテクニックを駆使できる研究者がいますので、彼らと共同で、遺伝子配列の網羅的解析(ゲノミクス)に加え、ゲノムにどのような修飾がなされるかの網羅的解析(エピゲノミクス)、遺伝子発現の網羅的解析(トランスクリプトミクス)、代謝産物の量の網羅的解析(メタボロミクス)など、さまざまな網羅的解析法を組み合わせた「統合オミクス手法」でアプローチしています。
もうひとつ、無菌マウスを使った研究も、ぼくのラボが得意とするところです。

———最近の研究から、具体的な例を紹介していただけませんか?

これは横浜市大などとの共同研究でわかってきたことですが、これまで、ヒト腸内常在菌であるビフィズス菌は体によい効果を持つといわれており、その一例として無菌マウスに前もってある種のビフィズス菌を投与しておくと、腸管出血性大腸菌O157による感染死を防ぐことが知られていましたが、そのメカニズムは不明でした。
そこで最新の統合オミクス手法により解析したところ、ビフィズス菌がつくり出す酢酸が腸の粘膜上皮の抵抗力を増強することが、O157による感染死を防ぐメカニズムであることを、無菌マウス実験により世界で初めて明らかにしました。

———お酢が体にいいというのは昔からいわれていることですが、腸内の酢酸が免疫を活性化させて病原菌を撃退してくれるなんて、頼もしいことですね。

腸の末端部まで酢酸が十分にあるかどうかが重要で、酢酸の多いときと少ないときとでは腸上皮細胞の遺伝子発現に違いが出て、酢酸が少ないとO157に対する抵抗性が保てなくなるのです。

———その酢酸を十分に保つために、ビフィズス菌が大事なんですね。

ところが、ビフィズス菌ならどれも同様に酢酸をつくれるかというとそうではないということもわかりました。ビフィズス菌は糖を食べて酢酸をつくります。糖にはブドウ糖や果糖があり、ビフィズス菌ははじめにブドウ糖を食べて酢酸をつくり、ブドウ糖がなくなると今度は果糖を食べて酢酸をつくります。しかし、中には果糖を食べられないビフィズス菌があって、そうすると酢酸もつくられなくなってしまいます。ビフィズス菌自体は果糖を食べられなくても腸内で生きていけますが、腸の上皮細胞に与える影響はまるで違ったものになっていきます。こうした点も、統合オミクス手法を用いなければわからないことでした。

———今後の研究の展望を教えてください。

これからも、全身の病気にも影響しうる腸管免疫のメカニズム、なかでも細菌の取り込みに特化したM細胞の機能と分化はまだわからないことが多いので探究を続けていきたいと考えています。また、宿主と腸内細菌との相互作用についても、今後さらに研究を深めていきたいですね。

———中高校生にアドバイスをお願いします。

興味があるならあきらめずに追い求めること。最近は失敗を恐れるあまりチャレンジをあきらめてしまう人が多いように思いますが、失敗してもいいじゃないですか。「あのときなぜやらなかったのだろう」と、あとで後悔するのはつまらないものです。やってみて初めてわかることってとても多い。とくに生物が相手だと何が起きるかわかりません。チャレンジすることで、さまざまな出会いも生まれます。ぜひいろんな新しいことにチャレンジしてほしいですね。

京都大学再生医科学研究所河本宏教授をはじめ、免疫研究者が中心となって結成したバンド「Negative Selection」のボーカルを務める大野先生(中央)
写真:【Negative Selection】YouTubeチャンネルより「リンパ節一人旅」から

(2021年11月17日更新)