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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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友人が骨肉腫で入院。がんの研究を志す

———応用化学科でどんな分野に興味を持ちましたか。

化学っていろいろな分野がありますが、実世界で使われている化学のありかたを初めて近くで見ることができて、あれもこれもおもしろそうだし、何をしようかなと思っていた2年のとき、大学の友人が骨肉腫になって入院したのです。これが大きな転機になりました。

———骨肉腫は骨にできる悪性腫瘍で、「骨のがん」ともいわれますね。

お見舞いに行くと、彼は6人部屋にいたんですが、同じ病室にいたのが小学生や中学生の子供たちばかりでびっくりしてしまいました。がんはもう少し年を重ねてからかかるものだとばかり思っていたからです
がんが進行して足を切断しなければならない選択をする子も多く、中には肺にまで転移して亡くなってしまった子たちもいて、それがものすごくショックでした。周期表で考えれば組成としてはすごくシンプルなはずの身体の中で、いったい何が起こっているんだろうと思いました。

———子供のがんということで特にショックが大きかったのですか?

大人になってからがんが起こるというのは何となく説明がつくんです。もちろん、それはそれでどうにかしたいと思うものの、子供でがんになるって何なんだろう、がんにならない子と何がどう違うんだろう、がんになる子には何か共通項があるのだろうかとかと、そんなことを考えるうちに、がんの研究がしたい、誰かががんを治してくれるのを待つのではなく、自分ががんを治すことに関わる仕事をしたいと思うようになりました。

大学時代、バスケ仲間と試合後(前列右から2人目)

———そこで、大学院でがんの研究に進むことになった。

当時、国立がん研究センター東病院の臨床腫瘍病理部長で、東京大学の教授を兼任していた落合敦志(おちあい・あつし)先生のもとで学ぶことにしました。国立がん研究センターでの研究*を選んだのは、患者さんを診ている人にしかわからないこと、臨床の現場に近い場所で研究し、論文に書かれてもいなければ、教科書にも載っていないようなことをたくさん学ぶことが、次につながる気がしたからです。

*国立がん研究センターと各大学が連携協力する「連携大学院制度」があり、大学院生として同センターで行った研究の成果により、理学・工学・医学などの修士号・博士号の学位を取得できる。

———具体的にはどんな研究をしたのですか。

がん組織は、がん細胞とそれを支える「間質」と呼ばれる部分で構成されています。その間質の中には、刺激を与えると脂肪になったり、骨のようになったり、筋肉になったりする「間葉系幹細胞」のような性質を持つ細胞が含まれていて、その細胞とがん細胞との相互作用や、それががんの進展にどのように関わるのかについて研究しました。
研究成果を論文にすることができ少し自信がついてきたある日、がんの患者さんと向き合っているお医者さんの前で、「こんなことがわかりました」と発表する機会をいただきました。

———反応はいかがでしたか?

質疑応答のときに1人の先生から、「君の今日の研究で、何人のがん患者さんが救えるの?」と聞かれたんです。すごくドキッとしてしまいました。
私としては、新しいことがわかってワクワクして、それって研究の醍醐味だからとてもうれしくて、論文になって発表ができたことにも手ごたえを感じたのですが、そのとき思ったんです。「私はなんでここにいるの?」って。
ワクワクしている場合じゃない。私は今の医療では救えない人を救う研究がしたいと思ってここにいて、自分が初心を忘れて研究の楽しさばかりに気を取られはじめていたことに気がつくきっかけとなりました。