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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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自分の研究が臨床につながったときが研究達成のとき

———2015年の論文の内容を、わかりやすく教えてください。

がんは種類によって、たとえば乳がんは脳や骨、肺や肝臓に転移しやすいとか、骨肉腫だったら肺に、膵臓がんだったら肝臓に転移しやすいといった「臓器特異性(特定の臓器の特定の細胞に取り込まれやすい性質)」を持っています。100年以上前からその現象はわかっていたのですが、メカニズムが不明でした。
私たちは、がん細胞が放出するエクソソームが、先遣隊として転移先の細胞に優先的に取り込まれ、そこをがん転移に適した環境にしてしまうこと、そして転移先の決定には、エクソソームの表面にあって細胞と細胞の接着に関わる「インテグリン」というトゲのあるタンパク質が、「α6β4」なら肺に、「avb5」なら肝臓にというふうに郵便番号の役割を果たしていて、その種類によってエクソソームという郵便物の行き先を決めていることを初めて明らかにしたのです。

がん細胞からのエクソソームの放出と前転移ニッチの形成

———画期的な論文ですね。

この論文で言いたかったのは、がんの転移は、がん細胞が転移先に到着したあとに始まるのではなく、その前にすでに始まっているということ。がんの転移の概念自体を変えていかなくてはなりませんし、エクソソームの変化をキャッチすることで、転移する前に治療ができる可能性を示唆した論文だと思っています。
注目度も高く、2022年1月時点で約3000回引用されています。被引用件数が多いということは、私たちの研究をもとにほかの人たちの研究が進んでいることを示すものでもあるので、すごくうれしいですね。

———20年には、血液中のエクソソームをバイオマーカーにしてがんの有無や種類を判別できるという論文を「Cell」に発表されました。

16種類のがんについて、がん患者さんと健常者の血中のエクソソームに含まれるタンパク質のデータをコンピュータに与え、機械学習でトレーニングさせたところ、かなりの確かさでがんと非がんを区別でき、さらに乳がん、膵臓がん、大腸がん、肺がん、中皮腫の5種のがんについて正しく分類できることがわかりました。
がん由来のエクソソームだけを選り分けるのではなく、身体全体の細胞が出す血液や体液中のエクソソームを調べることで、ごく早い段階でのがんの発見や、原発巣を見分ける診断に使える可能性が見えてきました。

がん患者の血液中のエクソソームに含まれるタンパク質を網羅的に解析することによって、5種類のがんを種類別に分類できた。

———機械学習を使ったのはなぜですか?

この研究では、77人のがん患者と43人の健常者の血漿やリンパ液などから採取したエクソソームに含まれるタンパク質を網羅的に調べました。一人あたりでは、1000種類ものタンパク質があります。その膨大なリストを見て、人間が見分けることはできません。そういうときこそAIの出番です。
これからは生命科学研究でもAIの活用が重要になると考えていたので、ニューヨーク大学のオンラインのバイオインフォマティクスコースを受講し、出産などで時間がかかったけれど、2020年にAdvanced Certificateを取得したことが役立ちましたね。

———今後の展望は?

私はまだ、研究人生の中で何も達成できていません。自分の研究が臨床につながったといえるところまでいって初めて、研究が達成されると考えています。現在は臨床の先生とか企業にも入ってもらって共同研究を行っているところです。アプローチとしては、定量的な診断方法がない、かつ病態の発生の機序がわかってないものに関して、エクソソームの観点で探っていくこと。がんだけでなくいろいろな疾患で研究を進めており、エクソソームをさまざまな疾患の診断マーカーとして活用することにも取り組んでいます。

———2019年4月に帰国し、東京大学IRCN講師ののち、2020年3月から東工大でラボを立ち上げました。アメリカで独立しようとは考えなかったのですか?

実はアメリカで独立することも考えて、グリーンカード(米国に永住権を持っていることを示す身分証明書)も持っているんです。でも、大学院で学んだあとアメリカに行ったとき、日本には優秀な研究者、そして魅力的な研究が多いのに、なぜトップジャーナルに載りにくいんだろう?アメリカにはどんなシステムがあるのかを学んで、世界と戦える研究者を日本で育てたいという大きな夢を持ったんですね。その初心を大切にしようと帰国しました。
ちょうど若手研究者を対象にした科学技術振興機構の「さきがけ」というプログラムで、「微粒子」というテーマがあって、このチャンスを逃すものかと。

———研究者を育てるために工夫されていることはありますか?

「エレベーターピッチ」って知ってますか? エレベーターに乗りあわせたくらいの短い時間で、自分のことをプレゼンして次につなげる会話ができるかどうか。よくアメリカ人はしゃべるのがうまいと言われますが、運やしゃべりの上手下手じゃない。そのためのトレーニングを積んでいるかどうかが重要なんですね。キャリアディベロップメントのトレーニングの一つとして、ラボ・ミーティングでも取り入れています。
それと、ダイバーシティというと日本では女性と男性の関係にばかり着目されますが、本来は、もっともっと広いもの。私の研究室には、お医者さんで研究をしている人もいるし、企業の人にも今度入ってもらうし、外国から来ている人もいます。そういう人たちが研究をするってどういう意味なのか、どういう思いで研究しているのか。文化の違いから感覚の違いが生まれてくることもあるだろうし、そのすべてがダイバーシティのはずです。いろんなバックグラウンドがあって、その混沌とした状態の中からこそ生まれてくるものがあるはず。ダイバーシティが当たり前のラボをめざしていきたいですね。

東工大のラボメンバーとともに

(2022年2月1日更新)