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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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上皮細胞シートができあがり、維持される仕組みを探る

———帰国後は生理学研究所のあと、月田先生とともに京都大学大学院医学研究科へ。そして2001年に理化学研究所でご自身の研究室を主宰して以来、電子顕微鏡を駆使して形態形成の仕組みを探る研究を続けておられます。現在の先生の研究について、わかりやすく教えてください。

私たちの体の表面を覆っているのが上皮細胞です。体の外側の表面ならば皮膚、体の内側の表面なら胃や腸の表面が上皮細胞で、この一層のシートが外と内とを分けています。
体づくりでは、上皮が隙間なくきっちりできるのが重要です。穴があったら、外からばい菌が入ってきてしまうし、胃の表面に穴があいて胃酸が外に漏れたりしたらたいへんですからね。
上皮細胞がどうやってくっついて、その間をきっちりシールしているか。ただ接着剤のようなものでペタっとくっつくのではなく、引っ張り合うなど、力をシグナルとしてお互いの細胞が確かめ合うことで接着装置をつくり上皮細胞シートができていくという印象を持っています。接着装置にどのような力が関係しているのか、力に応じて集まるタンパク質や離れていくタンパク質、それらのバランスを探る研究が一つです。

マウス小腸上皮の電子顕微鏡像。栄養を吸収する上皮細胞が横に並んでおり、その下には毛細血管の断面が見える。

———どんな力が働いて、ぴったりくっついているのか。上皮がシート状になる仕組みの研究ですね。

シート状になるとき、当初は、引っ張られたときにさらにアクチン繊維がくっついて構造が強化されることに注目していたんですけど、ガッチリくっついているだけが重要ではなくて、形づくりにあたっては可塑性があって動き回る部分も必要ですから、最近では、必要に応じて離れたり配置換えをしたりするメカニズムにも注目しています。
2つ目が、上皮細胞の「極性」ができるメカニズムです。例えば胃や腸を考えると、外から栄養を取り込んで血管側に出すというふうに、取り込む側と出す側と、方向が決まっています。これが極性。食べ物をまた腸の中に戻しちゃったら意味がないので、極性が厳格にできている必要があります。ピッタリくっつくことと極性とはかなり密なところがあって、極性がいつどのようにできるのか、そして細胞の運動とどのようにかかわるのか、その分子機構を探っています。

———1枚のシートになったあとも、穴が空いたりしたら修復するとか、シートを維持していく必要がありますよね。

3つ目が、隣の細胞が生きているのか死んでいるのかを知る分子機構の研究です。シートになっている細胞のうち1個の細胞を実験的に殺しちゃうと、まわりの細胞の死んだ細胞に接している部分に、細胞の分裂時と同じように収縮構造ができ、それが縮んで死細胞がいた領域が生細胞で覆われ傷口が塞がると同時に、お餅を焼いたときのようにプーッと膨れるように死んだ細胞が押し上げられて排除されるんです。でも生きた細胞を間違って排除するとまずいし、死んだらなるべく早く塞がないと、上皮のバリアが壊れてしまう。死んだら細胞間をくっつけている接着装置をつくっているタンパクが一瞬でなくなるかといったらそうじゃないはずで、死んだことがどうしてわかるのか? いくつかの遺伝子をなくしてやると、隣が死んでいるようにふるまう細胞はつくることができるので、遺伝子は関係していると思うけれど、それは遺伝子をなくすという極端な場合です。上皮シートを安定的に保つメカニズム一つとっても、わからないことが多いんですよ。

———いまおうかがいしたのは、いずれも培養細胞を使った研究ですね。

最近は、超早期のがんをいかに早く見つけるかというプロジェクトにもかかわっています。通常の診断では病理切片を光学顕微鏡で見るわけですが、電子顕微鏡を使って、がんの浸潤や転移だとか、正常だけどがん化しそうな細胞などをいかに見つけることができるか、あるいは精度よく予想できるかを探っています。