公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

團勝麿先生からかけられた言葉「それはキミがやるんだよ」

———専門に進んで、どんな研究をするかはどのように決めたのですか。

当時の動物学教室は、ほぼ大学院進学を前提にしている感じで、卒業研究はなく、専門を決めるというのは、大学院に進学するときにどこの研究室に行くかだったんですね。野生動物が好きだったので、大学に入った当初はローレンツがやったような鳥のヒナの刷り込みなどの動物行動学をやりたいと考えていたんですが、4年生ぐらいになると、動物行動学のおもしろいところはもう本になっていて、さらに自分が何かおもしろいことを発見できるかというと、なかなか難しいことに気づきました。それより動物が卵から始まって動物らしい形をつくる、いわゆる形態形成の仕組みに興味を持つようになっていました。特に印象に残っているのが、1年の冬に行った理学部附属の臨海実験所でのことです。

———神奈川県の三浦市三崎町の海沿いにある研究施設ですね。

そこでは実習用の簡便な顕微鏡でしたが、ウニの正常発生の様子を2日間ほどかけて見ることができました。単なる正常発生の観察でも全然飽きることがなく、生物学の研究は一生飽きないだろうと確信のようなものが持てました。
さらに当時の助手の雨宮昭南(あめみや・しょうなん)先生が走査電子顕微鏡*を使って撮影した、ウニ胚の原腸陥入時の胚の内部の様子の写真を見せてもらい、それが衝撃的でした。普通の光学顕微鏡で見るとよくわからないのですが、走査電子顕微鏡で見ると、こんな形をして、こんな細い突起がここまで伸びて…と、とても細かいところまでくっきりとダイナミックに捉えることができる。そういう顕微鏡を使って研究したいなという思いが次第に募っていって、自分の方向性を定める決め手となりました。

*走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope):電子線を細く絞り、試料にあてて(=走査)、試料表面から飛び出してきた電子を検出してその強弱を画像のコントラストにする。表面形状の観察に適していて、光学顕微鏡をはるかにしのぐ分解能を有する。

———形態形成をやりたいということで、どの研究室に進んだのですか?

雨宮先生が行っていた、ウニ胚の原腸陥入などのダイナミックな形態形成に関する研究が魅力的だったので、ぜひとも雨宮先生のもとで研究したいと考えました。
ところが、臨海実験所の大学院生になると決まってわかったのは、雨宮先生が海外に9カ月ほど滞在する予定になっていたことでした。修士課程は2年間なので、その間に9カ月も先生がいないとなると実質的な指導を受けられないことになってしまいます。

———で、どうしました?

そこで雨宮先生は事前にテーマを与えてくれて、大学院に入るまでの数カ月間、週末だけ臨海試験所に来て実験をさせてくれ、彼が不在でも修士論文は書けるというデータを出させてくれました。
でも修士の間に新しい研究ができないのも嫌なので、自分で必死にテーマを探しました。ウニがたくさんいるし、受精させて一番はじめに起こる大規模な形態形成のイベントが、細胞表層が力を発生して細胞をくびり切る細胞質分裂だから、そこからアプローチしていこうと考えて、ウニの卵を受精後のさまざまな時間で固定して観察するのですが、倍率を上げても像がボケるだけで、細胞表層の詳しい様子が見えません。

———指導教官なしで試行錯誤した…。

1年ぐらいやってもうまくいかず行き詰っていたときに、臨海実験所での博士課程の先輩から、「表層をスライドガラス表面に張り付けるといい」というヒントをもらいました。その手法を使い、細胞質分裂の直前にアクチン繊維*が細胞表層に集まってくること、そして分裂のためにくびれる場所では、アクチン繊維が一定の方向に並ぶことを示す写真を撮ることができました。

*アクチン繊維(アクチンフィラメント):球形のアクチン1分子がビーズのようにつながり、糸をよりあわせたように2重らせん状になっているタンパク質の複合体。細胞骨格の一つで、細胞間の接着・細胞分裂・筋肉の収縮などに重要な役割を果たす。

———それが修士時代の大きな仕事になったのですね。ところで臨海実験所へは、ご自宅から通っていたのですか?

都内から通うには少々遠すぎるので、実験所から十数mのところにある宿舎に寝泊まりすることになりました。大正時代にできた木造の建物で、天井にはミノカサゴの透かし彫りがあったりして、市では文化財のような扱いでした。そこに約2年住んでいましたね。

宿泊していた大正時代からの建物

実験室の窓から

———研究以外の思い出を教えてください。

発生生物学者として戦前から戦後にかけて活躍され、日本はもちろん世界的に有名な團勝磨*先生とお会いしたことですね。もともと東京帝大の理学部動物学科を卒業された大先輩で、当時から臨海実験所でウニの研究をされていたそうですが、第一線を退かれたあとも、ふだんは東京のご自宅にいらっしゃるんですがウニの季節になると臨海実験所に来て、ぼくと同じ宿舎に泊まられるんです。当時、80歳近い年齢だったと思います。

*團勝磨(だん・かつま):日本の発生生物学者。ウニの細胞を生かしたまま分裂させる実験法を確立し、細胞核分裂の生化学的研究への道を拓いた。父は戦前の三井財閥・総帥で、血盟団事件で暗殺された團琢磨。

———同じ宿舎ということは、お話しされる機会もあったのですね。

風呂場で、大学院に入ったばかりだと自己紹介したとき、「研究というのは、あまり構えすぎてはいけない。ちょっとしたアイデアでも試してみる価値がある」というようなことを話されていました。また若い研究者を鼓舞するようなことをいろいろな機会におっしゃっていましたね。これも風呂場でのことですが、ウニの発生についていろいろ質問していると、「なぜgastrulation(原腸陥入)が起きるかは、なぜblastula(胞胚)ができるかを明らかにした者が知ることができるんだよ」とおっしゃるので、「blastulaになるところを研究している人っているんですか?」と尋ねると、「それはキミがやるんだよ」と返されました。そういうことを團先生のような方から言われると、何となくこちらを、それだけの力がある、見どころのある者として見てくれたのかなと思って、やる気が出てくるものなんですね。

ウニ、特にタコノマクラという種類は潜水して捕獲することが多く、潜水士の国家試験を受け、スキューバダイビングの資格も取った。