公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

自分ならではの着眼点を思いつく楽しさ

———長い研究生活の中で「ここが大きかった」ということはありますか?

大学院のときに月田先生に会い、月田研に出入りするようになって、やがてスタッフになったというのが、ぼくにとっては極めて大きいですね。月田先生は、東大の講師から都の臨床医学総合研究所の室長、さらには私もついて行きましたけど、岡崎の生理学研の教授を経て京大の教授になった。彼の研究姿勢は、もちろん楽しんでやるというのが基本ではあるけれど、プレッシャーもきっと大きかっただろうし、大きな研究資金をとってくればそれに対するアウトプットも求められるから、時には追い詰められるところもあったに違いないのに、まるでそんなことはなく、まわりには楽しんでやっている姿しか見せませんでしたね。研究にあたって、誰も知らないようなレベルの高いことを、自分で明らかにしていく楽しさを体現していた。そういう優れた研究者が目の前にいるということが、非常にいい意味でショックでした。

生理研1年目の国際シンポジウムでは、多くの外国人研究者を招いた。写真は、懇親会の後のカラオケで、ビートルズの「Let it be」などを歌っている場面(一番左が月田先生、その右隣が私)。

生理研では夕方、頻繁にテニスをした。ライバル研究室との対戦時の集合写真。

———これまでやってこられて、研究のおもしろさは?

研究って、ある種、芸術的な部分がありますね。もちろん、ものづくり的な技術も求められるけれど、何かを証明するため、どんな材料を使ってどういうアプローチをするのかというのはその人のセンスが問われる。非常に美しいやり方、ないしは非常に単純だけど論理的な形で示せたりすると、とてもうれしい気持ちになるものです。

———研究にもセンスが問われる…。

着眼点を考える楽しさもあります。このやり方をすると非常に短い時間で簡単に同じことが速くできるんじゃないかと思いついて、やってみたらその通りだったりすると、研究者としては非常に満足するところですし、うれしい。やってみたらだめだったという場合も含めて、着眼点を思いつくというのは研究者としては楽しいことの一つですよ。そして、何がしかの結果が出て、発表ができて、やっぱり研究というのは国際的に発表されるので、全然知らない人から声をかけられたり、「あなたの論文は私にとってバイブルです」と言われたりすると、とても光栄に思いますね。

———教科書を書き換えるような発見もあったそうですね。

いくつかありますけど、例えば、生物学を学ぶ学生や大学院生にとって世界的に使われている教科書として「Molecular Biology of THE CELL(細胞の分子生物学)」という分厚い本がありますが、それが改訂されたとき、ぼくたちの研究成果とその評価を受けて、図が書き換えられたことがあります*。ぼくのやったことを世界中の学生が勉強しているのかと思うと、やりがいも大きなものがありますね。

*「Molecular Biology of THE CELL」改訂版の図の変遷の詳細はこちら
http://www2.clst.riken.jp/cmg/2015_1_ResearchNews.html

———先生の趣味はランニングだそうですが、走っていて研究のアイデアを思いついたりしますか?

そのときのトレーニングの質にもよるんですが、トップペースで必死になって走っているときは当然、考える余裕はないけれども、ゆっくり走っているときとか、ハードなトレーニングのあとの疲労回復を含めたようなジョギングのときなどは、いろいろ考えます。研究のことを考えることもあるし、研究室運営とか、家族のことを考えたりもします。1週間のうち、そんなときが1日1時間ぐらいあると、「こうしたらいいかな」と思ったりすることはけっこうあります。ひょっとしたら坐禅を組むのとも近い部分があるのかもしれません。

2016年、高知龍馬マラソンに当時高知大の学生だった次男と一緒に出場。次男は高校まで陸上競技、長距離の選手だったが、ブランクがあった。

マラソンの翌日の高知新聞。ゴール直後にインタビューされたものが記事に。

徳島大学への赴任を機に、2016年に敢行した四国1周「お遍路ラン」で、土佐の海沿いを走っている時に自撮り。菅笠を被り、白衣を着た上で、トレイルランニング用のリュックを装着している。週末の2日間に100 kmほどを走破するのが標準的な旅程で、3月から9月まで12回に分けて、八十八カ所の札所巡りも終え、無事完走した。

———若い読者にメッセージを。

今の日本の学術研究の現状を考えると、研究はおもしろいからぜひみなさん研究者になりなさいとは、なかなか言えない状況にあります。すでに今の大学院生がそうですが、大学院のときにいい研究をしたからというので、その後もアカデミックな研究をやっていけるかというと、その可能性は確率的に低くなっている。何しろ大学院生の数が増えているし、ポスドクもものすごく増えているけど、その割には大学教員などのポジションが少ないからです。だから大学院に行けば何か将来、自由に研究できるポジションが約束されるのかといったら、残念ながらそんなことはない。
でも、大学院のときに思い切りナゾ解きにチャレンジして、科学的に考えたり、論理的に思考したりして実行力をつける経験をした上で世の中に出て行くというのは、絶対に意味があることだと思うので、そこは大事にしてほしいと思います。
大学に来ていろんな研究をやる中で得たものは必ずその後の人生に生かすことができるし、将来はいろんな可能性があるという広い視野に立って、アカデミックなところにどっぷりつかって自分のアイデアをどんどん出し、いろんなことにチャレンジしてください。

(2022年6月28日更新)