公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

水に飛び込んで気づいた、「私、泳げない…」

———小さいころはどんな子どもでしたか?

けっこうヤンチャだったようです。生まれ育った鳥取の米子弁で、いたずらっ子やわんぱくなことを「しょうから」って言うんですが、いまだに親戚に会ったりすると「昔はしょうからだったけんな」と言われます。部屋の中でジッとしているようなタイプじゃなくて、外に出て血だらけになって帰ってくることもしばしば。靴下に穴をあけたり、靴をなくして裸足で帰ってきたりしては怒られていましたね。

米子の海で。左は姉

———生きものに対する興味は?

虫好きとかそういうタイプではなくて、野球やサッカーをして飛び回っているのが好きでした。

———習い事などは、やってましたか?

小学校3年生のときに、私が水を怖がらないというのと、押入れの2段目から飛びおりたがる習性があるというので、母が米子市が運営している飛び込みのスクールに通わせたのが始まりで、高校3年まで飛び込みに明け暮れていました。

———初めて飛び込んだとき、怖くなかったですか?

怖いもの知らずというか‥‥。泳げないのに飛び込んだんですよ。

———えーっ!?

そばにいたコーチが慌てて浮輪を投げてくれました。その後、何カ月かして泳げるようになりましたが、最初に出た中国地方大会では、飛び込むたびに監督から浮輪を投げてもらっていました。

———泳げないのに飛び込むなんて、動じないタイプ?

どうなんですかね。後先考えないというか、ノリでやっちゃうというか、そういうところがあるのかもしれません。その後の研究者人生でも同じですけど。

———飛び込みって高いところから飛び込むんですよね?

最初は1mぐらいの高さから、まずは足から飛び込んで、慣れてきたら頭から飛び込みます。一番高いところは10mの高さです。

———怖くないんですか?

10mの台から、くるくる回転したり、ひねりを加えたりして飛ぶのは怖いですよ。それに水にうまく入れないとメチャメチャ痛いんです。ただ、うまく入れたときがとっても気持ちいい。「ノー スプラッシュ」といって、水しぶきを上げずに入水できたときは、水に迎え入れてもらえたようで、快感です。

———うまく入れないと…?

それはもう、痛いのなんの。呼吸困難になって水の中に沈んでいったこともあります。今やれといわれたらきっと無理ですね(笑)。

———練習はきつかったですか?

週6日間、練習がありました。春夏はプールで、冬の間は筋トレとかマット運動、トランポリンなどで回転やひねりの練習をしていました。中学、高校になると毎年全中、国体やインターハイなどの全国大会に出場していたので、遠征で日本体育大学にしょっちゅう行っていて、そんなときは朝から晩まで飛び込みの練習。けっこう辛かったです。

飛び込みの大会で(高校時代)

———高校3年まで続けていて、将来、飛び込みのオリンピック選手になろうとは思いませんでしたか?

高校のとき、「うちの大学に来ないか」という誘いはありましたが、その前から研究者になりたいと思っていたので、飛び込みは高校までと決めていました。それに、実力的にオリンピックに出られるほどではないと思っていたし、選手の道は考えていませんでしたね。

———研究者になりたいと思ったのはいつごろですか?

ちょうど飛び込みを始めた9歳のとき、「NHKスペシャル 驚異の小宇宙 人体Ⅱ」の「脳と心」というシリーズを家族で見ていて、脳ってすごいなと思いました。思考は脳がやっているし、運動するにしても脳からの指令があり、感情も脳が司っている。脳の研究者になりたいと思うようになって、脳の機能にもいろいろあるけれど、寝るのが好きだったこともあって、なぜ人は眠るのか、なぜ夢を見るのかに興味を抱き、睡眠の研究者になりたいと考えるようになりました。

———飛び込みをやってよかったことはありますか?

飛び込みで培った集中力と度胸、イメージトレーニング能力は今もとても役立っています。意外と研究には必要な能力なんですよ。