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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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自然が少ない都会っ子だからこそ“身近な昆虫”に愛着と興味

———小さいころから昆虫少年だったそうですね。

生まれたのは母の実家のある静岡県ですが、すぐに東京・新宿区の上落合に移りました。幼稚園に入る前の3歳ぐらいのころ、家の前の空き地で遊んでいて見つけたコカマキリにすっかり魅せられました。形にもおどろきましたが、何よりカマの内側にある赤・白・黒の模様が、まるで人が塗ったように妖しげで、そのときの衝撃と恍惚感(こうこつかん)はいまだに忘れられません。
コカマキリを見て以来、昆虫に興味を持つようになりました。といっても、住んでいたのがすぐ近くに高層ビルをのぞむような商店街でしたから、なかなか虫とは出会えず、むしろ親に買ってもらった図鑑をひたすら見て、虫のことをいろいろ覚えていったという感じでしたね。

———少年時代はずっと上落合でしたか?

幼稚園に上がるころに江戸川区の西葛西に引っ越しました。そこは東京のはずれで、畑とか工場の跡地みたいな空き地がまだたくさん残っていて、原っぱでバッタやトンボ、ゴミムシなどの虫に親しみました。
あのころ捕まえた虫の中で一番うれしかったのは、ルリエンマムシです。上ばねが瑠璃色(るりいろ)に光る体長5~7㎜ほどの甲虫(こうちゅう)*で、図鑑で見て憧れていた虫でした。イヌの糞(ふん)にいたのを見つけた瞬間、汚いのを構わずに手で捕まえ、手のひらで青く輝く宝石のような姿にうっとりしたのを覚えています。

*甲虫(こうちゅう):昆虫綱コウチュウ目に属する動物の総称。前翅(まえばね)が硬く、傷つきにくく乾燥に強いため、極地を除く世界のあらゆる環境に生息する。世界でおよそ39万種が知られており、動物全体の中でもっとも多様な大群。カブトムシ、クワガタムシ、コガネムシ、ホタル、テントウムシ、ゲンゴロウ、ハネカクシをはじめ、非常に多様な昆虫がこの仲間。

———バッタやトンボ、ゴミムシなど、どれもどちらかというと地味な虫ですね。

まわりにカブトムシとかクワガタムシといった大型の虫がそもそもいなかったですからね。図鑑の花形みたいな虫はほとんど実物を見ることがなかったので、そういう虫にこだわっているわけにはいかないということがありました。多くの子どもが憧れるカブトムシやクワガタムシは、デパートで売っているか、たまに訪れる母の実家周辺で見つかる“非現実的”なものであり、小さくて地味な虫こそが興味を持つべき“身近な昆虫”だったのです。

自宅前で。5歳のころ

———カブトムシより、身の回りで見つかる虫に愛着を覚えたわけですか?

カブトムシなど大きな甲虫は、それはそれで魅力的です。だけど、小さな虫にも同じように魅力を感じたんです。都会にいたおかげで、昆虫に対して分け隔てなく付き合えるようになったといえるかもしれません。それに、いつでも虫が捕まえられる自然が多いところと違って、都会だと虫に出会う機会も少ないから、初めての虫を見つけたりすればとても愛着が湧いて、どんな虫だろうといちいち図鑑で調べるのがクセになって、子どもなりに知識を蓄えることにつながった気がします。だから「昆虫少年」というより「図鑑少年」でしたね。

———思い出の図鑑というと?

小学館や学研などからマニアックなものも含めていろんな図鑑が出ていて、売り出されるたびに買ってもらっていました。何度もめくるものだからボロボロになって表紙が取れ、ページをつなぐ糸が切れてバラバラになるまで読んでいました。中でも忘れられないのが、幼稚園を出る直前に発行された学研の『世界の甲虫』という図鑑です。今でも昆虫の中では甲虫が一番好きですが、その原点となったのがこの図鑑です。

———昆虫以外の生き物はいかがでしたか?

小学校に行くころになると、魚や両生類、爬虫類、植物と、何でも好きになり、図鑑を見て探しに行ったりもしました。江戸川区は海に近く、家族と潮干狩りに出かけては貝と一緒に魚やカニなど水辺の生き物を捕まえていました。小学校の高学年になると、友だちと一緒に遠く房総半島(千葉県)の方まで行って、カエルやサンショウウオを捕まえたことも。
生き物を飼うのにも凝っていて、部屋中、虫籠と鳥籠、水槽だらけだったし、ベランダにはプランターを並べていろんな植物を育てていました。学校に行く前にそれらを世話するだけでかなり時間がかかるので、毎日遅刻しそうになるほどだったんですよ。

———子どものころは将来何になりたいと思っていましたか?

とくに具体的に何になりたいというものはなかったけれど、動物園の飼育係になりたいなどと言っていたんじゃないかな。

———昆虫の研究をしたいと思ったことは?

研究について意識したのは小学校の中学年ですね。当時、京都大学教授だった日高敏隆先生が監修された『甲虫のくらし』という図鑑が小学館から発行されたんです。この本の最後の方に、日高先生のほか、岩田隆太郎さんとか松井正文さんとか、今は大御所ですが当時は若手研究者だった人たちが自分の研究について見開きで紹介していて、「こういう研究があるのか」と具体的なイメージを持つことができました。とくに成虫が幼虫に餌をやるモンシデムシの話が強烈におもしろく、いつか自分の目で見てみたいと、強く印象に残りましたね。