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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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新種を見つける醍醐味(だいごみ)を知り、分類学の道へ

———大学進学では、やはり昆虫について学べるところを志望したのですか?

いや、実は高校時代は文学少年で、本が好きでいろいろ読んでいて、高校3年の志望大学を決める直前まで、文学部の哲学科を希望していました。
哲学をやりたいと思ったのは、自然保護に関心があったからなんです。新聞やテレビで自然破壊の問題が盛んに報道されていて、自然を保護するためには人間一人ひとりの自然観を改めるところからやっていかないと根本的な問題解決にはつながらないと考えていました。そのためにも、人と自然の関係について哲学の視点から学んでいきたいと思っていたのです。

———なんと、哲学科志望だったとは! それで実際に受験したのですか?

ところが、そう思っていたときに、東邦大学の長谷川博さんという鳥類学者が、鳥島(伊豆諸島の島)で細々と生き残っていたアホウドリを絶滅の危機から救ったという記事が新聞にデカデカと出ていたんです。そのころ鳥類にも興味を持っていたこともあって、その先生のもとで勉強したいと思うようになり、志望先を急遽変えて、長谷川先生のいる東邦大学理学部生物学科に入学しました。

———大学では鳥類の勉強を?

それがですね、大学に入ったら昆虫採集の熱が復活しまして…(笑)。
大学では1年のときから野外実習があります。いろんなところに実習に行って、虫を捕まえて名前を調べる過程で、これは標本にしないとダメだなということがわかって標本にしていくうち、だんだんと「あの虫を捕まえたい、この虫を捕まえたい」と、昆虫採集にはまっていったんですよ。

———再び昆虫少年のころの気持ちに戻ったわけですね。

子どものときから疑問に思っていたのは、子ども向けなので当然ではあるんですが、図鑑に載っていない虫がけっこういるということ。そういう虫っていうのは何なんだろうという漠然とした疑問があったんですけど、大学でまた昆虫を捕まえ始めると、やはり図鑑に載っていないものがたくさんいる。ますます興味が湧いて、仲間を誘って「自然観察の会」という愛好会を設立し、実習以外にもいろんなところに採集に出かけるようになりました。夏休みには南西諸島にもよく採集に行きました。

———けっこうお金もかかりますね。

学生というのは、時間はあるけどお金はないので、先輩の紹介で環境調査のアルバイトを始めました。鳥や昆虫の調査が主で、昆虫の調査で虫を捕まえて名前を調べてリスト化したりしていく過程で、文献にも載っていない新種がたくさん存在していることを知りました。
新種を見つけるというのは昆虫少年のときからの夢でもありますから、「新種を見つけられるとは、なんて楽しいんだろう」と思うようになり、ますます昆虫にのめり込んでいって、昆虫の分類学をやりたいと思い始めたのが、大学3年のころです。

———そろそろ卒業研究について考えるころですね。

ちょうどそのころ、千葉県立中央博物館に大学のOBで長谷川雅美さんという両生爬虫類専門の先生がいて、大学の集中講義に来られたので、「昆虫の分類学をやりたい」と相談したところ、博物館の同僚の直海(なおみ)俊一郎さんというハネカクシの分類をやっている研究者を紹介していただきました。さっそく訪ねて行って、お会いしたその日に、博物館の直海さんのもとでハネカクシの分類の卒業研究をすることに決めたのです。
大学入学のときの決意はどこへやら、しかも、学外で卒業研究をやることを勝手に決めてしまったので、大学の先生方には叱られもし、心配をかけましたが、何とか交渉して、許可をもらいました。

———ハネカクシというのはどんな虫ですか?

コウチュウ目に属し、短い前翅(まえばね)の下に、長い後翅(うしろばね)を細かく折りたたんで隠しているのでこの名前があります。一般にはあまりなじみのない昆虫ですが、その種類は極めて多く、海中を除くあらゆる環境に適応した、地球上で最も繁栄した生き物といえるでしょう。そのときぼくが分類に取り組んだのはヒメキノコハネカクシ属です。2.5~3㎜ぐらいのものすごく小さい虫がぎっしり並んだ標本箱8箱を渡され、仕分けしていきました。

———米粒よりもずっと小さい虫を分類していく…。

まずは標本をじっくり観て外見の違いで大雑把に分けるんですが、外見では区別がつかないものが多いんですよ。そこで解剖して交尾器を取り出して、顕微鏡で観て絵を描き観察していくなかで初めて「あっ、こんなに違うんだ」とわかるのですが、その発見が実におもしろいんですね。そして、交尾器の形がすごく美しいんです。夢中になりました。
最初から一番難しいものをやった感じでしたが、20種以上の新種が見つかり、卒業論文にまとめることができました。

交尾器の違いの一例。3種のオスの交尾器中央片とメスの貯精嚢を見ると、交尾器中央片の板状突起(矢印部分)の形状が種によって異なっていることがわかる。教え子の山本周平博士と研究したもの。
「日本産ヒゲブトハネカクシ属Aleocharaの種同定の手引き」(「さやばね」10号2013年6月発行)より引用