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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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多様性の大切さに気づいてほしい

———九大に移ってからも好蟻性昆虫の分類学的な研究を続けているわけですが、そもそも分類学とは?

ひとことで言えば「体系づける」ということですね。人間だったらヒト科ホモ属ヒトと分類されますが、そうやって体系をきれいに整理することが重要で、体系づけていく過程で、新種とか新属とか新しい分類が見つかっていきます。
世界にはどんな生き物がいて、それがどういうふうに分類され、どういう位置にいるのかを調べるのが分類学であり、生き物の多様性を解明し、理解するもっとも基本的な学問と言えると思います。

———先ほど卒論研究で交尾器を観察したとのことでした。種を見分けるのに、なぜ交尾器が有効なのですか?

交尾が可能か、子孫を残せるかどうかという情報で種を区別することが多いことや、交尾器は体の表面の見えている部分に比べて、形態が進化しやすいという特徴があるからです。ただ、別の種のはずなのに交尾器の形にまったく差がないこともあるので、万能というわけではありません。

———DNA情報も使いますか。

最近では、DNAを調べて体系づけをより強固なものにしたり、従来の分類を改変したりすることが行われています。ただDNAは熱や化学物質に弱く、きれいなDNAを得るにはできるだけ新鮮な標本が必要です。博物館に残っているような非常に古い標本は、ほとんど研究には使えません。ぼくが海外にあちこち出かけるようになったのは、最近の標本がなかったからです。
またDNAは、同じ場所にすんでいて明らかに別種の関係にあるけれど、最近分かれた種で遺伝子の1%も違わないとか、逆にほとんど形が同じで違う種かどうかわからないのに、調べたら10%以上違いがあるということもあって、一定の基準で分類できないという問題点もあります。ですから、体系づける方法としては徹底的に形態を観ることが基本です。

———分類学のおもしろさは、どんなところにありますか。

これまで別種なのに決定的な区別点がなかったものって、けっこうあるんです。例えば双子のきょうだいが似ているけどどこか違う。どこが違うかと問われたときに、ホクロがあるとか、そういうところを見つけ出すおもしろさがありますね。

———分類学の意義はどんなところにあるとお考えですか

私たちが生きているのも生物多様性があってこそですが、その多様性の第一線の現場にいるのが分類学です。そこにいるものに名前がついていないと、地球環境が悪化して生き物が滅びていき多様性が損なわれそうになっていても、保全することも、伝えることもできませんから。

———多様性といえば、何といってもすごいのは昆虫ですね。

昆虫は世界で100万種以上が知られていますが、実際の種数は未発見のものも含めて500万種とも1000万種もいわれています。地球上にすむ生物種のほとんどが昆虫で、多様性の代表格です。ところが、昆虫の多様性というのは、ほかの生き物、例えば鳥とか哺乳類などと比べると一番軽視されやすいものでもありますね。だから、手つかずのものも多い。研究を深めるべきテーマは山のようにあります。昆虫を相手にしていると、あまりに多様すぎて、多様なものは多様な受け入れをするしかないとあきらめがつくほどで、とても奥が深い。そこがまた、昆虫の魅力ですね。

———これまでたくさんの新種を発見されたそうですが、何種類ぐらいですか?

発表したのはこれまでに200種ぐらいですが、さらにまだ、これから発表しなければいけないものがいっぱいあります。

———今後、研究に力を入れていきたい昆虫はいますか?

ひとつは、サスライアリと共生するハネカクシについてです。このハネカクシ類は形態的にとても多様で、最近の分子系統学的研究によって、それらが共通の祖先を起源とし、その後さまざまな系統にわかれていった可能性が高いことがわかっています。サスライアリの分布の中心はアフリカ地域なので、ここで野外調査を行って共生の実態を解明し、ハネカクシ類が寄主であるサスライアリ*にどのように適応しながら種や形態を多様化していったかを明らかにしようと思っています。
それともうひとつ、ツノゼミですね。ツノゼミといってもセミではなく、体長2㎜~25㎜ほど、ツノの形をさまざまに進化させていているカメムシ目に属する昆虫です。

*サスライアリ:アフリカからアジアの熱帯地方にかけて分布するアリ科サスライアリ亜科に属するアリの総称。決まった巣を持たずに狩りをしながら放浪するのが特徴。

———ツノゼミを研究対象にというのは、アリとの共生について調べるためですか?

ツノゼミは幼虫期に多少ともアリと共生関係にあるものが多く、それが研究の動機でしたが、だんだんと形態の多様性の魅力にとりつかれるようになりました。何といっても形が奇怪でユニークすぎて、形がおもしろい虫の究極だなと思って、ツノゼミを集めています。

2011年10月、マレーシアのクアラルンプールのホテル近くの公園で、初見のトゲアトキリツノゼミを発見。

ツノの形は実にバラエティに富んでいる。

———ツノゼミを研究している人は先生以外にもいますか?

とても少ないですね。アメリカと南米には研究している人はいますが、アジアやアフリカでは誰もやっている人がいません。進化的なトピックがあるとか、害虫であるとか、分類に加えたプラスアルファのところがないと、なかなか研究を始める人がいないという問題があります。それにツノゼミは、形が派手なのでわかりやすそうに見えても、種の分類が難しいんです。ほかの昆虫だったら交尾器を見て調べれば分類が可能ですが、ツノゼミは交尾器にほとんど差がなくて、違いを見出しにくいのでなかなかやっかいです。

———これまでにツノゼミの新種の発見は?

明らかな新種も手元にたくさんあります。しかし、ツノゼミはあまりにも楽しそうだから、定年間際にやろうと、老後の楽しみにとってあるんですよ(笑)。

———先生はこれまで、図鑑の監修をしたり、ベストセラーとなった『昆虫はすごい』などの本を出版したりと、昆虫についての啓発にも力を入れています。たくさんの人に知ってもらいたいことって何ですか?

結局それは高校生ぐらいのときから思い描いていたことで、私たち一人ひとりが自然を守る大切さに気づいて、行動を変えてほしいということですね。一番の問題は環境破壊であり、温暖化の問題もあるけれど、人間の活動によって世界の自然環境は今、急速に悪化しています。身近な自然もかなり軽視されていて、昆虫に関していえば、ネオニコチノイドなどの農薬、メガソーラーの設置などによって多くの種が減りつつあるのに、残念ながらあまり大きな関心を持たれていません。やはり、人々の考え方の中に、まだまだ生き物の多様性を重視する考えが行き渡っていないと感じざるを得ません。
昆虫が重要であることを知ってもらうには、その前に昆虫を好きになってもらうことも大事なので、その入口として昆虫のおもしろさ、かわいらしさ、美しさを多くのみなさんに伝えようと思っています。ぼくの本を読んで昆虫を好きになったという人から手紙をもらったりすると、とてもうれしい気持ちになりますね。

先生の研究室の前には、先生の著書がズラリ並んでいる

———中高生へのメッセージを。

ぼく自身、最初は文系に行こうと思っていたり、フラフラしていたりした時期もありましたが、結果的にそれが役に立っていると思っています。だからみなさんも、何かに興味を持ったら、それを突っ込んでやってみることが大事だと思います。やってみてうまくいかなくても、役に立たないことなんて一つもありません。受験勉強も、今になって役に立っていることがけっこうあります。よく受験勉強なんか役に立たないという人がいますけど、そんなことは決してなくて、ものを学ぶというのはすべて無駄なことなどないと言いたいですね。

2019年1月、ナミビアの砂漠にて。撮影:筒井貴之

(2022年12月26日更新)