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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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アリと共生するヒゲブトハネカクシ亜科を専門に選ぶ

———卒業後は北海道大学の大学院に進みますね。

昆虫分類学では北海道大学と九州大学が伝統ある東西の双璧として知られています。各地の大学にある昆虫学の研究室も、多くはどちらかの大学の出身者が基礎をつくっています。卒論を指導してくれた直海さんが九大の大学院出身ということで九大を受験したのですが不合格になってしまい、一浪して今度は北大の大学院を受験し、合格しました。結果的にすごく自由な雰囲気のなかで研究ができたので、北大にしてよかったと今は思っています。

———大学院でもヒメキノコハネカクシ属の研究を?

いえ、ハネカクシ科の中には31もの亜科(科より一つ下の単位)があり、「日本で誰もやってない分類群がある」と直海さんから紹介された、ヒゲブトハネカクシ亜科というグループの分類学をやりました。誰もやっていなかったのはとても難しいからで、挑戦しがいがあると考えたのです。

———ヒゲブトハネカクシ亜科の難しさというのは…?

ヒゲブトハネカクシ亜科はとても多様です。ハネカクシ科の種数の四分の一近くを占める最大の亜科で、日本だけで350種あまり、世界では1万4000種が記録されています。腐った肉を食べるものとか、蛆虫(うじむし)を食べるもの、キノコを食べるものとかいろんなものがいて、赤道近くの熱帯地域から極寒の極地域周辺まで全世界に分布しており、高い山から海岸、洞窟をはじめ、土の中にいるもの、樹上にいるもの、さらにはアリの巣にすむなどさまざまな環境に適応して進化してきたので、その多様性はほとんど際限がないといっていい。しかも小さくて互いに似通っていて、昆虫の中でももっとも分類が難しいグループです。
そこではじめは、この分類群の中では比較的大型でもっとも普通に見られ、それにもかかわらず同定が難しいヒゲブトハネカクシ属*の分類学を修士論文のテーマにしようと決めました。

*ヒゲブトハネカクシ属:ハネカクシ科ヒゲブトハネカクシ亜科に属し、世界で約550種が記録されているが、同定や分類が非常に難しい。

ヒゲブトハネカクシ属のクロホソヒゲブトハネカクシ

———いよいよ研究がスタートするわけですね。

ところが、研究を始めてしばらくして、指導教官だった助手の大原昌宏さん(現・北海道大学総合博物館教授)からこう言われたのです。「ヒゲブトハネカクシ属の分類もいいけれど、分類以外に生物学的におもしろいところはあるの? それよりアリの巣にいるヒゲブトハネカクシをやるのはどう? そっちのほうがきっとおもしろいよ」。
大原さんのそのひとことに心を動かされ、研究対象を、当時日本ではだれもやっていなかったアリと共生する好蟻性(こうぎせい)のヒゲブトハネカクシ亜科の研究に切り換えました。まず札幌周辺での野外調査から始め、自分で採集の方法を工夫し、日本全国さらには海外も含めて採集に出かけ、ハネカクシ以外のものも含めて、アリと共生する昆虫の新種を発見してその多様性を解明する研究がライフワークとなって今日に至っています。

———アリと共生する好蟻性昆虫のおもしろさとはどんなところにありますか?

何といってもその多様性です。アリの社会にはシジミチョウやアリヅカコオロギ、アリスアブ*をはじめ、実にさまざまな共生昆虫が生活していて、世界中で100科以上の昆虫が共生して独自の進化を遂げています。とくに軍隊アリ**と呼ばれる放浪性のアリにはいろんな種類の甲虫が共生しており、その中でも多様性が著しいのがヒゲブトハネカクシなんです。

*シジミチョウ、アリヅカコオロギ、アリスアブのアリとの共生の例:シジミチョウの仲間のクロシジミの幼虫は、雄アリに似たニオイの成分を出し、クロオオアリの巣の中で働きアリから口移しで給餌してもらったり、糞を処理してもらったりして成長する。同じくシジミチョウの仲間のゴマシジミの幼虫は、クシケアリの巣に運ばれて、女王アリの出す音をまねてエサをもらう。体が小さく、翅が退化したアリヅカコオロギは、アリの巣に寄生し、アリが運んできた食料を盗み食いしたり、アリの幼虫を食べたりする。アリスアブの幼虫は、アリの幼虫室にすみ、アリの幼虫や蛹(さなぎ)を食べる。

トビイロケアリの巣の中にいるアリスアブの幼虫。写真中央のぷよぷよした半球形がアリスアブの幼虫。撮影:小松貴

**軍隊アリ:ハチ目アリ科の中のサスライアリ属・ヒメサスライアリ属・ヒトフシグンタイアリ属・ヒメグンタイアリ属・ショウヨウアリ属・マルセグンタイアリ属・グンタイアリ属、7種類の総称。強靭なアゴを持ち、産卵期以外は定住場所を定めず、大集団で狩りをしながら移動を続ける。

2013年10月7日 アマゾンでグンタイアリEciton hamatumの引越しを見つけて観察。一緒にハネカクシやハチもいた。

———どんなふうに多様なんですか?

アリそっくりになって、アリから口移しでエサをもらったりします。ほかにも、アリの獲物を盗み食いするもの、弱ったアリを食べるもの、アリが捨てたいわば残飯を食べるもの、アリの背中に乗って生活するもの、あるいは逆にアリに気づかれないように平べったい形とか小さい形になったものとか、実にさまざまです。
ヒゲブトハネカクシは、もともとは単独で暮らしていましたが、その中からあらわれたのがアリと共生するアリ型のハネカクシです。進化の過程でアリになりきりすぎて、甲虫とは思えないような姿になったものも出てきました。その起源はとても古く、恐竜がすんでいた時代にさかのぼり、12~15回ぐらい進化してきたことが、ぼくらの研究でわかっています。

代表的な3組のアリ型ハネカクシ(それぞれ左)とその寄主アリ(右)
2017年3月発表「軍隊アリ共生甲虫における古い時代からのアリ型形態の収斂進化(しゅうれんしんか)」リリースより

———アリの社会にうまく溶け込んで生きているんですね。

アリはもともとほかの生き物に対し攻撃性が強く、組織力を発揮して生きている昆虫です。ということは、アリと一緒にいれば天敵からは逃れられるし、エサも豊富で居心地も抜群というわけで、巧みにアリの巣に入り込み、安全に暮らしているのが好蟻性昆虫なのです。

バーチェルグンタイアリEciton burchellii (右)と共生するハネカクシ。撮影:小松貴