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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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留学先のボスに言われた言葉「インポッシブル」

———米国立衛生研究所(NIH)に留学したのは、イメージングの技術向上のためですか?

臨床のかたわら、大阪南医療センターにあった顕微鏡を改造して破骨細胞が関節に集まるメカニズムについて研究をしていた2002年、アメリカの学術雑誌「Science」に、2光子励起顕微鏡を使い、生きたリンパ節の中でT細胞や樹状細胞が動く様子を捉えたという論文が掲載されました。それまで模式図で説明されていたものが、論文のURLをクリックすると、動画でわかる。衝撃を受けましたね。岸本先生に相談したところ、論文の執筆者の一人であるNIHで免疫システム生物学研究室を主宰するロナルド・ジャーメイン(Ronald Germain)博士のことはよく知っているから、推薦してあげようということになりました。

———ラッキーでしたね。すぐ留学できましたか?

そこはビッグ・ラボで人気があるところなので、自分でグラント(科学研究などを支援する目的で政府機関や民間の財団などから交付される助成金や寄附金のこと)を取ってこないと留学は難しい。幸いなことに、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムの長期派遣フェローシップに採択されました。

———ジャーメイン先生はどんな先生ですか?

ロン(ロナルド・ジャーメイン博士)は免疫の専門家であり、当時2 光子励起顕微鏡を使った生体イメージングの専門家でした。自分はリウマチ内科医で、リウマチのメカニズム解明のために破骨細胞を骨内でイメージングしたいが、ラボでの研究をやりながら、トライしていいか尋ねたところ、「やってもいいけど、そんなことインポッシブルだ」って言われました。

ジャーメイン博士と

———骨の中を見るなんて「不可能」だと。どんなところが難しいのでしょうか?

骨組織は硬い石灰質に囲まれていて、その内部を生きたままの状態で見るにはとてもじゃないがレーザーのパワーが足りない。また、骨の基質に含まれるリン酸カルシウム結晶が励起光を散乱させてしまい、深部に到達することも難しいんです。

———無理と言われてもやろうとしたのは?

やりたいからですよ。できるとわかっていることをやってもおもしろくない。せっかく留学したのだから、ダメでもともとでチャレンジしようと思いました。幸い自分のグラントのお金があるので、ラボのテーマのマウスのリンパ節を見たあとに私の分だけ取っておいて、骨を見る実験をしました。ある種、大きな“隠れ実験”ですね。

———まわりの同僚の反応は?

一人で骨ばっかり見ている、ヘンなことをやっているヤツと思われたでしょうが、そのうちいろいろアドバイスしてくれたり、助けてくれたりするようになりました。それにラッキーだったのは、ちょうど私が取り組んでいるころレーザーの技術がかなり向上してきたことですね。パワーが上がるとともに、かなり深いところまで見えるようになってきたんです。
1年ぐらいでおぼろげながら何か見えるようになってきて、少しずつ改良を重ね、1年半ぐらいかかって、ついに骨組織内の細胞の動きが見えるようになったんです。何しろずっと顕微鏡を見続けていましたから、最初は目の錯覚かと思いました。
ロンに報告したら「アイ・キャント・ビリーブ(I can’t believe.)」ってムスッとして言うんです。いいデータが出たときこそ慎重になれ。そうでない可能性を徹底的につぶして、俺を納得させろというわけですね。もう1回実験で確かめて、間違いなかった。うれしかったですね。その後、ロンも認めてくれました。

緑が骨髄内のマクロファージ、赤は血管で、青い部分が骨の構造。当初は骨の細胞内の出入りが確認できる程度だった。

———研究がうまくいって、帰国されたのは09年ですね。

結局、NIHには2年半しかいなかったのですが、留学中の07年に、文部科学省の世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラム(World Premier International Research Center Initiative: WPI)の研究拠点の1つとして大阪大学が選ばれ、大学の免疫研究者を中心に、「大阪大学世界最先端研究機構免疫学フロンティア研究センター(Immunology Frontier Research Center: IFReC)」が発足ました。骨のイメージングを世界に先駆けて確立したということで特任准教授として招請され、自分の研究室を持つことになりました。正直な話、もうちょっと長くアメリカにいたかったんですけれど、タイミングもあるかなと思って帰国することにしたのです。