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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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生体イメージング技術を応用して臨床に還元する

———帰国後も先生の研究室では画期的な研究成果を発表されていますが、とくに重要なご研究について教えてください。

2019年の仕事を紹介しましょう。通常、破骨細胞は「よい働き」をしています。破骨細胞が古い骨を壊しながら骨芽細胞に新しい骨を作るよう指示を与え、新鮮で丈夫な骨構造を再構築させる。つまり破骨細胞によって骨の新陳代謝が行われ、骨の健康が維持されているというわけですね。ところが、関節リウマチやがんの骨転移といった病気では、破骨細胞が異常に活性化することで骨の破壊を起こすという「悪い働き」をしてしまいます。これまでの通説では、破骨細胞は1種類であり、働き方が異なることで「よい働き」や「悪い働き」を行うと考えられていましたが、私たちがイメージングすることによって、これらの働きはもともと異なる細胞が担っていることを発見し、病的な骨破壊を行う細胞を「悪玉破骨細胞」と名づけました。悪玉破骨細胞は、通常の骨代謝を担う善玉破骨細胞とは性質も起源も異なることがわかっています。

破骨細胞が実際に骨を破壊する様子を捉えたもの。赤が破骨細胞、黄色い部分が壊している場所。

———ということは、悪玉破骨細胞をやっつければ関節リウマチの治療にも役立つわけですか?

その通りです。悪玉破骨細胞だけを特異的に阻害すれば、善玉の破骨細胞が担う正常な骨の新陳代謝には影響を与えずに、関節リウマチ患者の病的な骨破壊だけを阻止することができるので、画期的な治療薬の開発が期待されています。

———最近は骨のイメージングだけでなく、ほかの臓器のイメージングにも取り組んでいますね。

免疫学フロンティア研究センターから医学部に移ったのが2013年で、それから10年が経ちました。医学部に移ってからは、骨だけではなく、肥満に伴ってマクロファージが脂肪組織内を活発に行き来していることや、免疫だけでなく、がん細胞が血液やリンパ液の流れに乗って遠くの組織へ転移・浸潤していくメカニズムの解明なども進めています。さらには生体イメージングの技術を診断に使えないかと取り組んでいます。

———具体的にはどんな成果を?

生体イメージング技術を応用することで、ヒトの組織を体から切り取ったりせずに、生きたままヒト組織を3次元で可視化できる技術を開発しました。これにより、たとえばがんの最終診断には、これまで病気が疑われる部位から組織片を切り取って調べる「生検」が不可欠だったのですが、組織を傷つけない、“切らない生検”が可能になります。

———生体イメージングというと、蛍光を導入する必要があるのでは??

生体には本来、自家蛍光があります。その中でも非常に強い自家蛍光物質が少なくとも3種類ぐらいあって、調べたらそれぞれに特徴的な励起波長と蛍光波長を持っていることがわかっています。それを調べて自家蛍光を分類し、蛍光シグナルとして利用することで可視化が可能となります。だから一切、標識していません。組織によりますけどね。生きた組織のまま、ホルマリン固定も染色も不要で、その場で3次元的に観察できる技術なんですよ。

———すでに臨床応用している例はありますか。

一番進んでいるのは子宮頸がんの“切らない生検”です。われわれの観察技術と人工知能(AI)による画像解析を併用することで、従来の診断法よりも「傷つけずに」「迅速」に子宮頸がんの診断が実現できるまでになっています。

左:正常組織のイメージング画像。細胞核(赤)はまばらで、細胞周囲に線維構造(緑)は認識できない。
右:子宮頸がんのイメージング画像。がん細胞の核(赤)は炎症によってふくらみ密集している。また、細胞の周囲に線維構造(緑)が出現している

———生体イメージングを活用した臨床応用が楽しみですね。最後に、中高生にアドバイスをお願いします。

一度きりの人生なので、自分のすることは自分で決めるということですね。人から与えられたことは結局、言われたからやっているだけであって、行き詰まるとあれこれ理由をつけて逃げたくなってしまう。でも、自分でやると決めたことは言い逃れができません。
だから自分が何をしたいのかをしっかり探すことが大切です。そのためには暇が大事。毎日が忙しかったら、忙しさにかまけてしまい、何となくそれで充足してしまう。暇があれば、雑学を蓄えることもできるし、人間に幅ができる。私自身、人間の幅を広げられるのは暇がある学生時代だと考えて、大学の勉強以外に海外旅行に出かけるとか、さまざまな体験をし、そんな中で自分を見つめてきました。

それから、こういうことを言うと質問の答えにならないかもしれませんが、人のアドバイスとか、人の言うことは基本的にあまり信用しないほうがいい。偉い先生が成功談を語るけれど、何度もしゃべっているうちに美談に飾られてしまいがちになるし、仮にその話が本当だったとしても、その人だからそうだっただけで、環境も違うし出会いも違えば、時代も違う。話半分で聞くのはいいけれど、本気で参考にしてはいけない。
自分が人生で本当に何をしたいのかは、自分しかわかりません。いろんな人の話を聞くのはおもしろいし、人を知るというのはすごく大事だと思いますが、自分の進路は自分で考えるしかないんです。そして、やりたいことが決まったら、果敢にチャレンジしてほしい。もちろん、やりたいと思うことでも成功するかどうかわからない。でも、自分の可能性を信じて、運やカン、能力を信じ、自分のしたいことをなすことが一番大事だと思います。

研究室にて

(2023年5月26日更新)