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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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3つの細胞をつなぐ新たな接着分子を発見!

———研究漬けの毎日だったようですが、小児科医の夢はどうなったのでしょう? 国家試験は受けたのですか?

月田先生のもとで自由にやらせていただいて、研究にじっくり取り組もうと心も決まりましたが、国家試験は受けました。当時は国家試験の勉強に病院実習、さらに専門誌に送った論文を修正するための実験が重なり、まさに寝る間もない毎日でしたが、なんとか合格。そのまま大学院に進み、研究を続けました。研究の楽しさや結果に対する責任を感じるようになったのはこのころからです。

———研究者としてやっていく決意が固まったわけですね。

これがうまくいったらこんな研究をしよう、この仮説をもとにこんな実験をしようと、発想がどんどん広がっていくのはとても手応えがありました。スネイルが抑制する接着分子はもっと他にもあるに違いないと確信していたので、さらに上皮細胞と間葉細胞(スネイル発現によって転換)で、発現量の異なる遺伝子があるかを調べてみました。
当時日本に6台くらいしかなかった「DNAマイクロアレイ」という分析装置を使って、遺伝子の発現量を片っ端から比べていったんです。そして、細胞同士が接着する上皮細胞にだけ高く発現している遺伝子の中に、3つの細胞の交点だけに局在する新しい接着分子を見つけました。3つの細胞の交点にあるので、その分子を「トリセルリン(Tricellulin)」と名づけました。

マウス乳腺上皮細胞におけるトリセルリン(tricellulin:赤色)の局在。タイトジャクションを構成するタンパク質の1つであるオクルーディン(occludin:緑色)はタイトジャンクションに一様に存在するのに対して、トリセルリンは3つの上皮細胞が接している領域にのみ局在する。図版右のmergeは、トリセルリンとオクルーディンの重ね合わせ画像。スケールバーは、10マイクロメートルを示す。

———3細胞の交点に新たな分子があることは予測していたのですか。

上皮細胞の2細胞の接着面はクローディンが隣同士で握手するように接着しているのですが、3細胞の交点は、3人で同時に握手はできないのと同じでうまく閉じられないんです。だから、交点の隙間を小さくするなんらかの構造があることが想定されていました。私の研究で、その交点にある接着分子を発見できたのです。

———月田先生は何かおっしゃいましたか?

この論文が出たのは2005年12月19日です。月田先生は12月11日に惜しくもがんで亡くなられました。最期の貴重な時間をこの論文のために割いてくださったことは心から感謝しています。亡くなる数日前に論文受理のご報告はできたのですが、あの日々のことは思い出すだけで胸が詰まり、うまく言葉にできません。

大学院博士課程時代

———トリセルリンについては、2022年にも論文を発表されていますね。

2005年の時点でトリセルリンの存在とおおよその機能はわかっていたのですが、詳細なしくみまでは解明できなかったんです。
それから17年後、九州大学の私の研究室の大学院生が中心となってそのしくみの一端を解明してくれました。

———交点の隙間を小さくするしくみが解明できたのですか。

その通りです。トリセルリンはタイトジャンクションの3細胞の交点にありますが、そこには2細胞間の接着面にあるアクチン線維が交差しています。そこにミオシンという分子がやってきて交差するアクチン線維と結びつき収縮します。トリセルリンは、αカテニンやビンキュリンといった分子を介してアクチン線維と結合し、ミオシンの収縮力を利用して、靴紐を締めたときのようにタイトジャンクション同士を近接させて3つの細胞間の隙間を小さくしていたんです。長らく不明だった謎の一端が解けて、本当に嬉しく思います。

トリセルリンは、3つの細胞が集まった領域をまたいで形成されるアクチン線維と結びついて収縮することによって、クローディンによる細胞接着構造(図のタイトジャンクションストランド)を近づけ、隙間を小さく保つ。