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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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「自己と他者」を遺伝子から解明する

———帰国してからはどんな研究を進めていますか。

東大の定量生命科学研究所で、いろいろなことをやっています。私たちがもっとも興味を持っているのは「自己と他者」についての認識と記憶のしくみです。
帰国後は利根川ラボでの研究を展開して、複数の個体に対する社会性記憶について調べました。つまり、「どのように、海馬の神経細胞はAさんとBさんという二人の友人の記憶を区別して保存しているのか?」という問いです。すると、マウスはそれぞれの個体を神経細胞の組み合わせで覚えているとわかりました。細胞が1番から 10番まであるとすると、2番、3番、8番が活動するとAマウス、3番、6番、9番だとBマウスといった具合です。現在は、その複数の細胞の組み合わせや順番のルールについて、さらに調べているところです。

東京大学で独立後に、利根川先生をお招きし東京大学でセミナーをしていただいた。

———思い浮かべる相手の違いによって、活性化される神経細胞の組み合わせや順番なども違う…。

社会性において重要な「共感」についても研究しています。「共感」とは自己と他者を同一視する行動です。自己の情報と他者の情報が、脳内のどこかで合わさって共感が生まれるのではないかと考えて実験をしました。すると、マウス自身が「怖い」と思うときの神経活動と、怖がるマウスを見て「怖い」と思う神経活動が交わるポイントが前頭前野に見つかった。2つの活動情報を、同時に表現できる神経細胞があったんです。

———2つの活動情報の交差点で「共感」が起きる?

そうです。そして、怖がるマウスの様子を見て恐怖で体がすくんだり、その相手から逃げ出したりしたときに、どのくらいすくんだかやどのくらい逃げたかを数値化できれば、共感の強さもわかります。さらに、神経活動と社会行動の間にあるルールを解明できれば、共感のしくみも見えてくるはずです。

———共感のしくみがわかると、どんなことに役立つのでしょう。

たとえば、共感の感情がうまく機能しなくなるのが「自閉スペクトラム症」です。自閉スペクトラム症は、社会的コミュニケーションなどに問題があらわれる発達障害で、他者とコミュニケーションしづらい、つまり、他者の感情への共感性が異なっていることがわかっています。また、他者のことを覚えたり思い出したりすることが苦手だということも臨床研究で報告されています。神経細胞の遺伝子の変異が原因の一つだとされていますが、遺伝子の変異は非常に多様でそのしくみは未だに解明されていません。そうした疾患の解明や治療にも役に立つのではと考えています。

———そのほかに興味のあるテーマはありますか。

いま取り組んでいるテーマのひとつに「死」があります。「生」を研究する学者は多いんですが、死を科学としてきちんと研究している人は意外と少ない。じつは、ぼくの母方の実家はお寺なので、死は個人的にも興味深いテーマなんです。

———死の認識はどうやって解明していくのですか?

たとえば、人はコップには話しかけませんね。でも 犬には話しかける。これは頭の中で生物と無生物を区別しているからです。人やペットと触れ合うとき脳内にはオキシトシンというホルモンが分泌されるんですが、モノに触れ合っていたとしても分泌されません。そこで問題となるのが死体です。死体は人間にとって生物なのか、モノなのか。オキシトシンは分泌されるのか。そうしたところから脳内の死を認識するメカニズムを調べていこうと考えています。

———研究以外では、どんなことに興味がありますか。

旅行は大好きです。それから、日本酒好きが高じて鮨づくりに熱中しています。ネタは鮮度が大事だから魚も自分で釣って、全国から米を取り寄せて土鍋で炊き、ついに陶芸も始めました。自分でつくった理想の器と鮨で、旨い日本酒を飲む。それが目下のテーマです。

金沢八景(神奈川県横浜市)で海釣り。大きなブリを手に。釣った魚は自分でさばいて食べる。

———最後に、若い人たちにメッセージをお願いします。

『ドラえもん』ののび太の名言(迷言?)で、「もう少しうまくなってから練習したほうが…」というのがあります。それと同じで、「もっと英語がうまくなってから留学する」という人がいますが、英語上達の一番の方法は留学です。何事もとりあえずエイヤッと前に進む方が強い。
ぼく自身、多くの挫折や失敗の中で進んできました。ぼくに強みがあるとすると、無鉄砲だということ。これから先の失敗も、昔の後悔も考えずに動く。動く方がチャンスは生まれますからね。
そのためにも、自分自身と会話をする時間をきちんと持つことが重要だと思います。「やってみたい!」と口にしていることは、自分自身が本気で考えていることなのか、なんとなくなのか。なんとなくレベルなのだとしたら、自分の時間を使うのはもったいないです。考え抜いて、やりたいと本気で思ったならどんなことでも突っ込めばいい。本当に好きなことは、やらないと後悔するし、結果が悪くても諦めがつきますから。

ラボメンバーとともに

(2024年4月3日更新)