公益財団法人テルモ生命科学振興財団

財団サイトへもどる

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

サイト内検索

卒論発表で天狗の鼻をへし折られる

———進学先は東大ですね。大学生活で熱中したことは何ですか?

「鉄緑会(てつりょくかい)」という東大受験指導専門塾の講師のアルバイトです。東大生が多いのでサークルみたいなノリで、みんなで教科書や入試問題集を作ったり、自分で生物科を立ち上げたりしてすごく楽しかった。大学時代の大半はこのバイトに熱中していました。現在のプレゼン能力は、ここで培われたと言っても過言ではありませんね。そのときの教え子たちとはいまも強いつながりがあって、実際に研究の世界で一緒に論文を出すことも。

———授業で印象に残ったものはありますか?

嶋田正和*(しまだ・まさかず)先生の教養の生物の授業は、いまでもよく覚えています。座学が多いなか、野外実習をしてくれたんです。日光(栃木県)の植物園で数日間、花畑をホバリングして飛んでいくミツバチを追跡する授業は、小学生に戻ったみたいで楽しかったですね。

*嶋田正和:主にマメ科植物とマメゾウムシ類昆虫、その寄生蜂などを材料に、実験系や野外での個体数変動、繁殖の行動生態学、昆虫の記憶と学習による適応戦略、植物と昆虫の共進化、細胞内共生の進化などを研究。2004年東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻教授。2019年定年。東京大学 名誉教授。

———生物学科に進んで、専門科目の手応えはどうでしたか。

授業はどれも楽しかったけれど、一番好きだったのは発生生物学の武田洋幸*(たけだ・ひろゆき)先生の授業です。武田先生は、メダカの全ゲノム解読のチームを日本人だけで立ち上げて、世界に先駆けて成功した方です。

*武田洋幸:2001年より東京大学大学院理学系研究科教授。「美しくなければ発生学ではない」との信念を持つ。詳しくは、第19回「発生学はアートだ。美しくなければ発生学ではない!」を参照。
https://www.terumozaidan.or.jp/labo/interview/19/index.html

———発生学の授業のどこが好きだったのでしょう。

武田先生のプレゼンテーションが素晴らしいんです。生き物の形が徐々に現れてくる発生過程の顕微鏡写真、美しい図版や絵、そして、そこから出てくる研究のアイデアもおもしろかった。常に最先端のサイエンスを見せてくださるんです。武田先生のような授業がやってみたくて、塾のバイトの授業のあとに自由参加で生徒を集めて、自分が読んだ論文で模擬授業して、ひそかに練習していました。

———まさに分子生物学の世界ですね。4年次はどのような研究をしましたか?

武田先生の影響もあってか発生学に興味をもって、アフリカツメガエルの目の発生の研究に挑戦してみました。目の形成に中心的に関わっているのはPax6(パックス・シックス)という遺伝子なんですが、Pax6の働きを制御する分子は当時わかっていませんでした。その解明に取り組んで、転写の活性化を担う分子を発見することができたのです。

大学の学部の卒業式。カエルの目の発生研究でお世話になった平良眞規(たいら・まさのり)先生との一枚。

———新しい分子の発見! 学部4年生で早々に成果を出したんですね。

研究もうまくまとまって、発表ではかなり得意になっていました。そのとき、手厳しい質問をくださったのが、後に大学院の研究指導教官になる久保健雄*(くぼ・たけお)先生です。

*久保健雄:東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授。専門はミツバチの社会性・社会性行動を司る分子・神経基盤の研究。

「Pax6の上流を見つけたとはすごいね。しかし、その上流は何だ?」と言うのです。そこで予測を述べると、「じゃあ、その上流は?」。そして、「君はよく調べているが、それを何回繰り返せば気が済むんだい?」。その言葉で、天狗になっていた鼻をパコーンと折られました。
分子生物学では、aの上流はb、その先はcというように1つの分子の流れをたどる研究は王道なんです。もちろん、そうした研究も大事なんですが、先生はもっとユニークな、斬新なモノをやれと言いたかったんですね。久保先生の口癖は「銅鉄実験はやるな」。銅でやったことを鉄でやり直しても、研究の新しさやオリジナリティにおいては意味がない。まっさらな雪原に足跡を残すような研究をしろということです。先生の考え方に感銘を受けて、さらに教えを乞おうと大学院は久保研究室に進みました。