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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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がんから老化まで、細胞競合の謎を探る

———神戸大学で研究室を立ち上げることになったきっかけを教えてください。

Eigerの謎を解明したころ、日本の学会に招かれ講演する機会がありました。そのとき、国内各所でセミナーをさせていただいたのですが、当時神戸大学医学部にいらした古瀬幹夫(ふるせ・みきお)先生がそれを聞いて応募してみないかと声をかけてくださったんです。「グローバルCOEプログラム」による独立助教ポジションで、ラボのセットアップ費や研究費の支援が手厚く、とても恵まれたスタートとなりました。

———その後、研究はどのように展開したのでしょう。

研究室の仲間と、細胞競合のメカニズムの解明をさらに進めていきました。まず、Eigerががん細胞を細胞死に導くときに、正常な細胞がどうやって変異細胞を認識するのかを調べました。9000もの遺伝子変異を探索した結果、上皮細胞表面にあるSasというタンパク質がなくなると隣接する変異細胞が細胞死を起こさなくなることがわかりました。
さらに最近では、細胞競合を引き起こす遺伝子変異を網羅的に探索し、63個の新たな関連遺伝子を見つけました。その結果、細胞競合現象は大きく2つのタイプに分けられ、EigerあるいはXrp1と呼ばれるタンパク質のいずれかによって実行されることがわかりました。ここからさらに、いろいろなことが明らかになると思います。

———細胞競合の研究は、まさにこれからなんですね。

そもそも、隣り合った細胞どうしが互いを認識して生存競争しているという現象自体が今までにない新しいコンセプトなので、その解明に世界各国の研究者が取り組み始めています。
私たちも今、Xrp1タンパク質が細胞内でどのようにして増えてくるのかについて、論文をまとめています。細胞競合において、細胞を殺すタンパク質が生まれるメカニズムの解明で、大きなインパクトがあると思います。
さらに、細胞競合が正常細胞集団と変異細胞集団の境界だけで起きるのはなぜかという最大の謎の解明にも取り組んでいます。正常細胞も変異細胞もたくさんある中で、なぜ正常細胞の隣にある変異細胞だけが細胞死を起こすのかを解き明かしたいのです。

正常細胞集団と変異細胞集団の境界で細胞競合が起こる。

———解明が進むことで、どんなことが期待できるのでしょう。

細胞競合によるがん細胞制御は、免疫細胞のように異物の排除に特化した能力をもつ細胞が働くのではなく、普通の細胞が隣接したがん細胞を見つけて排除するという現象です。細胞競合によって、がん細胞だけでなくさまざまな異常細胞や不良細胞が除去されることも明らかになってきました。
今後、さまざまな細胞競合のメカニズムを解明し、細胞競合を人工的に制御することができるようになれば、がんや神経変性疾患などに対する新たな治療法の開発や、老化防止にも貢献できるかもしれません。

———細胞競合の研究はとても奥が深そうですね。

生物個体が互いに生存競争をしているように、細胞集団も弱った細胞を積極的に見つけて排除して、生き残った細胞がそれを埋め合わせながら集団を最適化しているというわけで、生命システムの神秘を感じます。
一連のメカニズムを明らかにして、「細胞競合」という原理をぜひ教科書に載せたいですね。私だけでなく、このフィールドの世界の科学者たちは同じ思いを抱いているのではないでしょうか。

———これまでの研究人生で、いちばん感動したのはいつですか?

やはり、Eiger遺伝子をもたないハエで細胞競合が起こらないことを見つけたときです。目の前の現象に何らかのメカニズムがある。しかも、そのメカニズムがどう考えても説明できない。これは、絶対に新しいコンセプトが出てくると確信して、自分のライフワークになると思いました。

———最後に、中高校生へメッセージをお願いします。

まず、自分が何を好きなのか知ることがとても大事だと思います。私は大学で分子生物学が好きだとわかってから、研究にのめり込んでいきました。研究で大事なのは、クエスチョンを見つけること。一生懸命謎を解いていくのも大切ですが、その過程で新しい謎や問いを見つけ続けていく発想力が大事です。
もう一つ、どんな結果が出ても前に進むような実験を考え抜くこと。結果がネガティブでもポジティブでも意味がある、次に展開できるような実験です。研究の考え方はすごく論理的で、その点は将棋と似ています。常に何手も先を考える。私も小学生のときは次の手を指すまで30分くらい考えていました。わからないこと、難しいこと、それこそが研究の面白さにつながっていると思います。

現在のラボメンバー。

2024年6月に実施した、京大医学部・藤田恭之ラボとのラボ対抗ソフトボール大会にて。

(2025年2月25日更新)