生物の研究から工学の世界へ
———次の研究室は工学部です。なぜ工学部だったのですか?
今も研究を指導いただいている大阪大学 工学研究科の中野貴由(なかの・たかよし)教授が、バイオがわかる人材を探していました。中野先生は材料工学、特に金属の航空宇宙系の材料開発がご専門で、ちょうどバイオマテリアルのプロジェクトを立ち上げたところでした。「せっかくだから博士論文も書いて、研究を手伝ってくれればいい」と言ってくださったので、ありがたくお手伝いさせていただくことにしました。中野先生からのお題は壮大で、骨の結晶の向きが決まるメカニズムを生物学的に解明することでした。

2011年8月にカナダのケベック市で開催された先端材料のプロセスなどに関する国際会議「THERMEC」にて。看板右横が中野先生。

ケベック旧市街地で、研究室メンバーとともに

学位授与式にて(2013年9月)。左は工学研究科長(当時)の掛下知行(かけした・ともゆき)教授(現・大阪大学 名誉教授、福井工業大学 学長)。
———航空宇宙系の材料開発で、骨の結晶を研究するというと…?
骨の主成分は繊維質のコラーゲンというタンパク質と、アパタイトというリン酸カルシウムの結晶です。一方、飛行機の材料はチタン合金などの金属ですが、チタンは骨と親和性が高いので骨や関節の代替材料にもよく使われます。じつは、アパタイトもチタンも六角柱の結晶構造があるんです。ところがチタンは硬すぎて、体内に入れると周囲の骨が痩せてしまったり、経年変化で入れた位置がずれて再手術が必要になったりするなどの課題がありました。中野ラボではより親和性が高く高機能な骨の代替材料の開発をめざしていたのです。
中野先生は、金属材料では結晶の並ぶ向きが強度を決めていることに着目して骨の結晶構造を詳しく調べ、骨の結晶の向きにも規則性があることを発見しました。たとえば腰椎の骨は重力方向、顎の骨は咀嚼でかかる力の方向といった具合に、場所に合わせて結晶の向きを揃えて最適な強度を保っていたのです。このように骨の結晶が一方向に並ぶ性質を「骨配向性」といいます。
———骨が部位によって結晶の向きを変えているとは驚きです!
まさに工学的な視点だから解明できたことです。私は生物学的な研究を進めるために、骨の細胞を取り出すことから始めました。ところが、骨の細胞は皮膚や筋肉の細胞とはまったく勝手が違います。細胞を採るためには、まず骨に含まれる無機物を溶かさなければなりません。酵素処理をして丸1日かき混ぜて、ようやくほんの少し細胞が採れます。
しかも細胞の種類によって採れる場所も違うんです。骨の細胞は、骨を育てる「骨芽細胞」、応力を感じる「骨細胞」、骨を吸収(破壊)する「破骨細胞」の大きく3種類あるのですが、それぞれ採れる場所が違うし、採る動物の種類や若さによっても細胞の働きは驚くほど変わります。しばらくは世界中の論文を読みながら試行錯誤の連続でした。
細胞が取り出せるようになったら、骨芽細胞をシャーレで培養して結晶の向きが決まる規則性を調べます。これには化学の知識が役立ちました。骨と親和性のあるコラーゲン(高分子)を使って細胞がつく足場をつくり、そこにできる細胞の向きを顕微鏡で解析していきます。すると、細胞の向きと結晶の向きにも規則性があり、細胞が1方向を向けば、骨の結晶も同じ方向を向くとわかりました。
———細胞の向きが結晶の向きを決めていたんですね。
そこまでわかったら、細胞を規則正しく並べるための材料開発が課題になります。ブロックと同じで、最初に並べる場所を整えてやると、骨も最初から結晶の向きが揃って強く育ちます。細胞を誘導する金属プレートの表面の形状を変えたり、培養器材を引っ張ってテンションをかけたりして、細胞の向きを制御する方法も次第に見えてきました。プレートの表面に金属3Dプリンターを使って微細な溝をつけ、人工的に細胞を誘導できる形状を設計していったんです。
ちなみに、骨の場合、細胞が感知できる溝のサイズはだいたい200ナノメートル以上です。人間が髪の毛を踏んでも気づかないのと同じで、溝が細すぎると細胞は感知できません。さらにおもしろいことに、溝が細すぎると、骨の結晶は骨芽細胞と同じ方向を向かず、クルンと回って直交してしまうんです。どうやら特定のサイズの溝に対して骨の結晶が垂直に配列するらしいのですが、配向には溝の形や大きさといった無機的な要素も深く関わっていることがわかりました。

金属3Dプリンターで作製したチタン溝構造の上で伸展する骨芽細胞(緑色)。