公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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次世代の研究ツールを開発し、新たなタンパク質を創る

———現在の研究について教えてください。

引き続きチャネルロドプシンも研究しています。最近は自然界から新しいロドプシンを探したり、その構造を解析してより使いやすいように改良したりすることにも取り組んでいます。
たとえば、2019年に見つけた新たなチャネルロドプシンは、光感度もチャネル活性も高く、光遺伝学のツールとして都合のいいタイプでした。そこで、より長波長側の光で活性化する変異体をつくり、3色の光で複数の神経細胞を同時に操作・計測することを可能にしました。

———活性化させる光の色を増やしたんですね。

そうです。さらに、光感度の非常に高いチャネルロドプシンを、成人の中途失明の原因でもある「網膜色素変性症」に応用する研究にも取り組んでいます。
ヒトの網膜には視細胞、双極細胞、網膜神経細胞の3つの層がありますが、光をキャッチするのは視細胞です。網膜色素変性症は視細胞が機能しなくなるのですが、重度のステージでも残りの2層は正常なことが多いので、そこにチャネルロドプシンを発現させて視力を取り戻す試みです。実用化はまだ先ですが、すでに分子の改良はある程度完成しています。
また、2023年にはカリウムの陰イオンを通すチャネルロドプシンの構造を解析しました。光遺伝学で一番よく使われるチャネルロドプシンは、主にナトリウムイオンという陽イオンを通し、神経を活性化します。神経を抑制することができる陰イオンを通すチャネルロドプシンが2015年に見つかったのですが、神経細胞が生理的な条件で抑制されるしくみを考えると、本当はカリウムイオンを通すチャネルロドプシンが欲しい。それが2021年になってようやく見つかったんです。さっそく構造解析を行ってメカニズムを解明し、同時にカリウムイオンをより強力に通す変異体もつくって新たな光遺伝学ツールとして使えるようにしました。

———構造がわかると新しい道具もできるんですね!

まったく新しい機能を持つタンパク質の作製にも挑戦しています。たとえば、渡り鳥やウミガメは地磁気で活性化されるタンパク質を持っています。だから、何もない海の真ん中でも地磁気を感知して飛行できるんです。そのタンパク質のしくみを解明して改良してやれば、磁気で神経を活性化する「磁気遺伝学」が可能になるかもしれません。ヒトにはない能力を持つ生物はほかにもたくさんいますから、新たな可能性はまだまだあります。

———先生にとって研究のおもしろさはどこにありますか?

やはり、誰も知らないことを明らかにするのは楽しいし、想像もしなかった結果を手にするとワクワクします。とくに我々の分野は技術の進展スピードが速いので、限られた研究者人生でできることもどんどん増えています。かつて30年、数年前は5年かかっていた膜タンパク質の構造解析が、今では半年から1年でできるようになってきているんですから。
また、最近はAIによるタンパク質構造予測も使われつつあります。これまでの研究データをもとに複雑な構造を予測したり、それを応用して自然界にはない構造を一から作り上げたり。今後、さらに実験データが蓄積していけば予測できることも新しく作れるものも増えるはずです。いろいろな研究ツールの発展で、10年前にはできなかったサイエンスができる。きわめてエキサイティングな領域なんですよ。
さらに研究者の自由度も広がっていますから、研究成果の社会実装を見届けるのも夢じゃありません。

———生命科学をめざす人たちにメッセージをお願いします。

英語はなんだかんだ勉強した方がいいですね。最近はchatGPTをはじめとした対話型生成系AIが優秀になってきたので、読んだり書いたりするのは彼らの翻訳でかなり補えるのですが、まだそのアウトプットを盲目的に信頼できる段階ではないので、結局文章の良し悪しは自分で判断しないといけない。それに、多人数でのリアルタイムのコミュニケーションなどはAIではまだ完全にはカバーできません。学会後の懇親会でざっくばらんな議論をした人たちが、のちに共同研究者になることはよくあることなので、そういう意味でやっぱり英語は勉強しておくべきでしょう。
あと、AIで人間の仕事がなくなると言われますが、私たちはAIを使って今までできなかったことに挑戦していけばいいんです。AIの力を使えばこれまでできなかったことが私たちにもできるようになるのですから、これを使わない手はありません。
そして、やりたいことがあるなら、早いうちから積極的に動くことです。どうしても聞きたいことがあれば、大学の先生にメールしてみたらいい。真剣な質問にはきっと返事をくれると思います。自分の興味を積極的に広げていってほしいですね。

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(2025年5月27日更新)