タンパク質の形から機能を読み解く
———卒業研究の研究室はどのような観点で選んだのですか?
2年生のころから、研究室を見たり実験をしたりする中で、ぼくの興味は神経科学とタンパク質の2つに絞られてきました。ちょうど大学4年の春休みに、国際派遣プログラムでケンブリッジ大学とオックスフォード大学に行く機会を得たんです。そこで、フリータイムに神経系とタンパク質の構造解析系の研究室を見に行って、両方とも好きだしやってみたいと再確認できました。
それで、先生のキャラクターに惹かれたということもあって、嗅覚神経がご専門の坂野仁(さかの・ひとし)先生の研究室に決めたんです。研究はたしかにおもしろかったのですが、遺伝子の機能を調べるためのノックアウトマウスをつくるだけでも、当時の技術では1年以上かかりました。しかも、解析はグループで分業して進めていくので、一人ひとりがどう寄与しているのかがハッキリしない部分がある。もう少し自分の中で完結できる研究の方が性に合う気がして、大学院はタンパク質の構造解析の研究室に移ろうと考えました。
———師事する先生は決めていたのでしょうか?
当初は大学院で留学することを考えていました。そこで大学4年の夏にアメリカのロックフェラー大学、ウィスコンシン大学、ペンシルバニア大学、スタンフォード大学のラボに自分でアポイントを取って訪ねたんです。そして、ロックフェラー大学のマイケル・ヤング(Michael Warren Young)博士のラボに惹かれました。ヤング博士は後に概日リズムの分子メカニズムでノーベル賞をとったこの分野の第一人者です。一方で日本の大学院説明会にもいくつか参加していて、そのときに知り合ったタンパク質の構造解析が専門の濡木理(ぬれき・おさむ)先生にも惹かれていました。ロックフェラー大学と東京大学に出願し、濡木先生のところに行くことに決めました。

濡木先生と(2014年2月)
———濡木研では、研究テーマを自分で選んだのですか?
興味のあるタンパク質が二つありました。一つは坂野研でも扱っていた嗅覚受容体。ヒトには嗅覚受容体が400種類ほどあって、その組み合わせで1兆種類ものにおいを嗅ぎ分けられるんですよ。その分子メカニズムに興味がありました。
そして、もう一つは、ちょうどそのころ緑藻から発見された「チャネルロドプシン」です。ロドプシンはヒトを含む動物の網膜に発現して光に反応する膜タンパク質*で、チャネルロドプシンは青い光で活性化すると、陽イオンを細胞内に運ぶイオンチャネル(イオンを通す穴)として働きます。さらに2007年にはスタンフォード大学のカール・ダイセロス(Karl Alexander Deisseroth)教授が、生きたマウスにチャネルロドプシンを発現させて、光で神経細胞を活性化して行動を制御することに成功。この手法は「光遺伝学**」と命名され、画期的な方法として注目を浴びました。その論文を大学4年生のときに読んで大きな衝撃を受け、とくに光で陽イオンが通る穴が開いたり閉じたりするしくみに興味があったんです。そこで濡木先生に、嗅覚受容体か、チャネルロドプシンの構造解析をやりたいと伝えると、その場に同席していた先輩のアドバイスもあり、チャネルロドプシンを一緒にやろうという話になりました。
*膜タンパク質:細胞膜の脂質二重層に組み込まれたり、膜を貫通したりしているタンパク質で、イオン、栄養素など生命維持に必要な物質を細胞内に取り込んだり、不要物を排出する「物質輸送」、光、熱、音など、細胞外からの刺激を感知して細胞内に情報を伝える「シグナル伝達」をはじめ、生命活動に不可欠な役割を果たしている。創薬の重要なターゲットともなっている。
**光遺伝学については、いま注目の最先端研究・技術探検!第27回「光を用いて神経活動を制御する『オプトジェネティクス』の可能性」を参照
https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/27/index.html
———そもそも、タンパク質の構造解析とはどんな研究でしょう?
タンパク質は20種類のアミノ酸がつながったシンプルな化学物質ですが、それが生命に関わるさまざまな機能を生み出しています。たった20種類のアミノ酸の組み合わせで、なぜそんなことができるのかというと、連なったアミノ酸が細胞の中で小さく折りたたまれて立体構造をつくっているからです。たとえば1枚の紙が折紙で飛行機になったりカエルになったりするように、アミノ酸がいろいろな方向に折りたたまれて、その形がタンパク質の機能を決めているんです。
———形が見えれば、タンパク質の機能もわかる?
そうです。構造が明らかになれば、その知識をもとにタンパク質を構成するアミノ酸の配置を変えたり、サイズを変えたりして新たな機能も生み出せます。そうして創り出したタンパク質を研究ツールにしたり、創薬に応用したりすることもできるんです。構造を見ると、なんとなくすき間があって「イオンが通れそうだな」って直感的にわかることもあるし、アミノ酸の性質などから機能を推測することもできます。