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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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理論物理の世界から、社会とつながる研究を志す

———大学ではどんな物理学を学んだのですか?

1年目は教養で、2~3年で専攻が絞られていくのですが、専攻説明会は迷わず物理学科に行きました。そしてメゾスコピック系*の理論物理が専門の江藤幹雄(えとう・みきお)先生にお世話になります。その後、物理情報工学科という工学系の専攻もあったことを知ったのですが、当時はその存在すら知りませんでした。アインシュタインの本を読んで憧れて、「とにかく物理をやりたい!」という感じだったんです。

*メゾスコピック系:原子レベルのミクロな世界(0.1nm)と日常生活のマクロな世界(1m)の中間(Meso-)の大きさの物理系のこと。ミクロの世界は量子力学で、マクロな世界はニュートン力学などの古典物理学で記述できるが、中間の領域は従来の物理学では説明が難しいとされてきた。量子コンピュータなどの次世代デバイスへの応用が期待される分野。

———江藤先生はどんな先生でしたか。

江藤先生の言葉で今も印象に残っているのが「理論家の仕事は、実験データを完全に説明することではなく、その現象のコアとなっている要素は何かを抽出し、実験屋に直感を与えることだ」というものです。それが大学生のときの私にめちゃくちゃ響きました。理論をどんどん複雑にしていけば、実験とバッチリ合う理論はつくれるけど、そんなもの誰も使わない。それよりも、実験屋にとって最も大切なのは、いろんな要素がある中で「いちばん効いているのはこれだ」とわかること。たとえば1つの電子の動きを説明するとき、いちばん効いているのは何か? 温度とか磁気とか装置とかさまざまな要素のなかで、これを操作すれば電子が動くといった本質的な直感が大切だということです。江藤先生は理論家で実験をやらない人なのに、そういうことを考えている。すごく影響を受けましたね。
当初は純粋物理みたいなものに興味があって、理論と違って結果がきれいに出ない実験は嫌いだったんです。でも、大学でいろんな人と話すようになって、理論だと机上の空論みたいなところがあるから、現実世界とつながっていないと物理のいちばんおもしろい部分が見えてこないと言う人がまわりにいて、次第に実験にも興味をもつようになりました。そこで修士課程では、学部生時代に取り組んだ理論の計算を実験で確かめてみようと考えるようになったのです。

———卒論はどんなテーマだったんですか?

「量子ホール効果」といって、電子を2次元に閉じ込めて超低温や強磁場にしたときの電子運動に関する理論です。その電子の振る舞いを計算しました。そして、その理論を実際に2次元に電子を閉じ込めて研究していたのが、東京大学生産技術研究所の町田友樹(まちだ・ともき)先生だったのです。さっそく研究室に入れていただき、初めて真剣に実験に取り組みました。

———物理実験は楽しめるようになりましたか?

研究自体は楽しかったのですが、実験は泥臭くて、計算の美しさが吹き飛ぶような厳しい世界でした。まず量子現象は超低温で観察するので、特殊な冷凍機にサンプルを入れるんです。液体窒素を使うためバルブがガチガチに凍りついて開かなくなったり、装置が壊れて修理をしたり力仕事も多い。実験で装置が走り出すと3日ほど徹夜で計測だし、あまり女性向きじゃないんですよ。
それから、量子力学は最終的に量子コンピュータの開発が目的です。でも、どうせ人生をかけるなら、最速のパソコンをつくるより、病気の治療や人体に関わる研究がしたいと思うようになりました。

———研究室で学んだことは何でしょう。

町田先生には、徹底的にプレゼンテーションを鍛えられました。それこそ資料の色づかいからポップアップ機能の使い方まで細かいチェックが入るんです。自分の研究を分野外の人にいかに伝えるかということなんですが、先生の指示に従うとプレゼンの反応が良くなる。これは大きな財産で、私も自分の学生たちに引き継いでいこうと思っています。プレゼンテーションは研究者だけでなく社会人にとって重要なスキルです。プロジェクトを任せてもらえるか、昇進できるか、すべてプレゼンにかかっていると言っても過言ではありませんからね。

———修士の後はすぐに海外に留学。就職は考えなかったのですか?

じつは修士のときに少し迷いました。それで、物理にはこだわらず一度はふつうに働いてみようと思って、ブルガリアの不動産屋でインターンをやりました。

———ブルガリアの不動産屋とはかなり唐突ですね。

いま思えばそうですね。国内の企業も見学しましたが、当時はとにかく海外志向で、学生向けの海外インターンシップの団体に登録したんです。でも、アメリカやイギリスは人気が高くて、残っていたのがブルガリアとウクライナだけだった。それで、とりあえずヨーグルトでなじみのある(笑)、ブルガリアの不動産会社に行きました。当時ブルガリアはEUに加盟する直前で不動産価格が急上昇しており、お金儲けが目的のロシアのお金持ちがお客さんなんです。社員について行ってウォッカにお付き合いしながら商談をするんですが、私はお酒も弱いので3カ月で挫折して、研究者になる決意も固まりました。