公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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予想に反するデータは宝物

———2020年に日本に帰国。スイスを離れた理由は何ですか?

ヨーロッパに12年いて、10年過ぎたころから永住するかどうかを考えたりしていたんですね。日本にいる母が体調を崩したこともあって、子供を母に会わせる機会があまりなかったし、家族ともう少し近いところにいるのもいいかな、なんて思っていました。
ちょうどアシスタントプロフェッサーの任期が終了するタイミングで、パーマネントのポストを得るためには、他の研究室からもオファーがあることを示したほうが有利だというので、他のヨーロッパや日本も含めていくつかの公募に応募してみたんです。そうしたら、最初に東京大学の生産技術研究所から面接の連絡が来た。海外だと審査に2年はかかるのですが日本は早いんですね。さらに採用するので1週間で返事をくださいと言う。想定外のスピードに戸惑いましたが、親日家の夫が日本に行きたいと言ってくれたんです。仕事も日本で続けられるというので帰国を決めました。

———生産研の環境はいかがですか?

新しいことに対する抵抗感が少ないことに驚きました。たとえば、欧州は研究者でも「AIなんて黒魔術だ、手を出すな」という人がいるくらい保守的ですが、日本ではどんどん使っていますね。また、この研究所はいろいろな分野の人がいるから、いい意味でお互い干渉しないんです。しかも、話す気になればいろんな人が興味をもってくれます。そんな環境がすごく気に入っています。
ただ、帰国はコロナ禍の真っ最中で、スイスから移す予定だった機材も学生もすべてがストップして、そこは苦労しました。研究室にいた学生たちも卒業しちゃったので、日本で改めて募集をかけたのです。機材も到着が2年ほど遅れることになりました。

———現在の研究はどんな感じですか。

抗菌ペプチドについては、「ダブル協奏効果」のメカニズムもある程度は解明しました。2つのペプチドは混ぜると“凝集”してボール状になるため、ヒトの細胞膜に穴を開けられなくなっていたのです。ところが、このボールを細菌の細胞膜に載せると、負に帯電している細菌の細胞膜と正に帯電しているペプチドが静電気的な作用を起こすことで、ペプチドがバラバラになって穴を開け始める。
ただ、このメカニズムでは、体内でいろいろな他の分子とも“凝集”してしまう可能性もあって、薬には向かないかもしれないと思いました。そこで、似たようなダブル協奏効果があって、よりコントロールしやすい組み合わせを引き続き探しています。

メカノクロミックポリマーの研究は、2025年4月にポリマーの分子をきれいに整列して並べると、力を加える向きによって色の反応が変わる現象を発見しました。これをウェアラブル・センサーとして応用できないか考えています。たとえば床ずれや靴底にかかる力の計測とか、荷物に衝撃を与えると色が変化する物流業界用の包装材などに使えるかもしれません。

Nano Lett. 2025, 25, 18, 7307-7316

力を加えると色を変えたり発光したりするポリマーであるポリジアセチレンの主鎖を力の方向に対して垂直に配置することで、感度が最大14倍に向上。色の変化で力を可視化するウェアラブル・センサーとして応用できる。

———研究のおもしろさはどこにありますか。

私の研究のブレイクスルーはいつも失敗から生まれます。リピッドナノチューブは実験に失敗して偶然に発見しました。ダブル協奏効果も、再現性が取れない実験の検証中にわかった現象です。経験を積むと実験の結果はある程度予測できるようになるのですが、たまに真逆のデータが出る瞬間があります。昔なら失敗だとがっかりしたものですが、今は予想に反するデータは宝物を見つけた!とワクワクします。

———最後に読者にメッセージをお願いします。

研究者はやりたいことをやってお給料がいただける貴重な職業です。自分のテーマを見つけるのは大変かもしれません。私も研究室を立ち上げたときは、いい研究ってなんだろうとすごく考えました。人生で何をやるべきかと考えると、役に立つからいいとは限らないし、いいテーマとは永遠の課題かもしれません。でも、それさえ決めれば、研究者ほど自由な職業はありません。

———いいテーマを出すために、心がけていることはありますか?

まず、人とたくさん話すこと。たとえば、物事が解決できない理由は表面からは見えないことが多いんです。イオンチャネル創薬の研究でも、創薬はお金ばかりかかって開発が進まないと言われていました。でもよく見てみると、創薬の過程で使われているある装置がものすごく低効率なことが問題だと気づけます。また、実際にやってみてわかることもあります。試行錯誤を繰り返せば失敗にも発見がある。そう思って、どんどん経験を積んでほしいと思います。

ラボメンバーとともに

(2026年1月29日更新)