魚の休眠から生命時計の謎を探る
———オリビエ・プルキリエ研での8年半のポスドクを終えて2018年に帰国されます。次の研究テーマは?
ボスとは違う視点の研究で彼を超えたいと思いました。プルキリエ教授が見つけたhairy遺伝子は発現するたびに体節を形成する、いわば体節形成のリズムを刻む振り子のようなものです。この研究はあまりにも有名になり、発生における「時間」をめぐる研究といえば、同様の振動リズムを探すことが主流になっていました。しかし、発生全体を見渡すと、このような明確なリズムにもとづく現象は、実はごく一部にすぎません。それにもかかわらず、発生は驚くほど正確に進行します。そこで私は、プルキリエ教授が見いだした遺伝子振動とは異なる「新しい生命時計」を見つけることができれば、彼を越えられるのではないか、と考えました。
———生命時計に関する研究とは!?
つまり、発生の時間制御にかかわる時計です。生命は種ごとに独自の時計をもっています。カゲロウは数時間のはかない命なのに、深海のニシオンデンザメは500年も生きる。発生も同じで、ヒトは十月十日(とつきとおか)で生まれますが、ニワトリは21日、ゼブラフィッシュは3日で卵から生まれます。しかし、時間の研究は容易ではなく、このような生命時計の分子機構はほとんど明らかになっていません。体節のように周期的に形成される現象では、時の流れは一目瞭然です。しかし、多くの発生過程では、時間の進み方を捉えることは非常に難しい。そのような過程の中で、私は、もし発生が「止まる」瞬間があれば、そこに時間制御のしくみが凝縮されているのではないかと思いました。
これは、モデル生物をニワトリに変更したから気づいたのかもしれません。実験用の受精卵は養鶏場から仕入れて16℃でしばらく保管し、使うときに37℃にすると分裂を始めます。つまり16℃で発生が休止するんですが、発生が止まるなんてマウスならあり得ません*。みんな「卵はそういうものだ」と取り合ってくれないので調べてみると、どうやら「発生休眠」という現象らしい。さらに調べると「ターコイズキリフィッシュ」という魚は3年近くも発生休眠が可能だという論文を見つけました。これを使えば発生と時間の謎が解けるかもしれないと考えたわけです。
*実際には、マウスでも胚盤胞の段階で休眠(発生遅延とも呼ばれる)する。この時点では、その事実を知らなかった。
———今度は魚に注目したんですね!
ちょうど魚でがんやWntシグナルの研究をしている群馬大学の石谷太(いしたに・とおる)先生が助教を募集していたんです。連絡をしたら、まさにターコイズキリフィッシュで老化の研究を立ち上げるという。私もその魚で発生休眠の研究がしたいと頼み込んで、採用していただきました。
ターコイズキリフィッシュはアフリカに生息する卵生メダカです。雨季に出現する池で孵化(ふか)しますが、乾季は胚発生が止まって雨季になるまで休眠状態で過ごします。そして孵化後1カ月以内に性成熟し、その後2~3カ月で急速に老化して寿命を迎えるため、老化研究のモデル生物として注目されていたんです。

———ターコイズキリフィッシュの発生と時間の謎を探るために、いったいどこから手を付けたのですか?
この魚は意外と飼育が難しく、遺伝子改変技術の開発も進んでいませんでした。研究室の皆で協力してなんとか飼育法を確立しました。さらに遺伝子改変手法の改良も行いました。具体的には、理研のグループがマウスで開発した遺伝子導入技術とCRISPR/Cas9(クリスパー/キャスナイン)*1という遺伝子編集技術を使って、ふつうなら何世代もかかるノックアウトマウスの作製を1世代という超高速で行えるようにしたんです。さらにGFPを使った細胞の可視化や、それを自動観察できる顕微鏡装置も開発しました。
現在、ようやく休眠研究のセットアップができたところです。もちろん、実験から少しずつ興味深い結果も見え始めています。たとえば、休眠胚は脳や心臓といった基本的な組織ができたタイミングで止まりますが、休眠中も筋肉が時々ピクピク動くんです。クマムシなどで見られる乾眠*2は、生命活動そのものが停止した状態で、クマムシ特有の遺伝子が働くことで可能にしています。一方、キリフィッシュは、生きたまま、胚発生の「時間」だけが止まっている現象です。現時点では、この休眠を担う独自に進化した遺伝子は見つかっていません。おそらく、生命の時計を制御する既存のしくみを巧みに使って休眠しているのだと思います。それを探るために、胚の代謝による化学変化も調べているところで、2027年には論文にまとめたいと思っています。
*1 CRISPR/Cas9:エマニュエル・シャルパンティエ(Emmanuelle Charpentier)博士とジェニファー・ダウドナ(Jennifer Doudna)博士が開発した画期的なゲノム編集技術。DNA配列の特定の区画をガイド役のCRISPRが見つけ出し、はさみ役となるCas9が切断することで、ねらった遺伝子の働きを壊したり、特定の遺伝子を挿入したりして、生命の設計図を書き換えることができる。
*2 乾眠:クマムシやネムリユスリカなど一部の生物が、乾燥環境下で体内の水分を数%まで減らしてすべての代謝が停止した状態となり、生き延びる現象。水が戻ると活動を再開する。

実験医学、クローズアップ実験法 2022年12月より
ターコイズキリフィッシュの遺伝子の動態やその機能を高速でかつ簡便に解析する手法を開発。遺伝子につき3種類のsgRNA(シングルガイドRNA:はさみ役のcas9を標的DNA配列へ誘導するように設計された短いRNA)をインジェクションした後、10日目の受精卵。
———先生のような視点で研究に取り組んでいるグループは他にもあるのですか?
世界的には3つあります。ただ、他のグループは、極限環境で休眠によって時計を止める極限耐性に興味がある。発生の視点で調べているのは私だけだと思います。