公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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生命の「時の設計図」を解き明かしたい

———2024年には、理研で研究室を立ち上げました。

「時間発生生物学」がテーマです。発生休眠のように発生が止まる現象から「生命の時間」のしくみを解明するのが目標です。現在、ターコイズキリフィッシュを使ってその制御スイッチを探しているところですが、最終的にはヒトを含めたすべての生物に共通する生命の「時の設計図」を明らかにしたいと考えています。
2025年には、「pH応答生物学の確立」という新しい研究領域を京都大学の高橋重成(たかはし・しげなり)先生たちと立ち上げ、学術変革領域研究(A)*の科学研究費に採択されました。高橋先生が立ち上げた、前身の学術変革領域研究(B)「pH応答生物学の創生」に参加し、pHは生命を根底から見つめ直す鍵となることを確信したのです。高橋先生はpHをがん細胞の視点で研究していますが、発生におけるシグナルという視点とあわせて、1つの分野としたいと考えています。

*学術変革領域研究(A):これまでの学術の体系や方向を大きく変革・転換させることを先導し、我が国の学術水準の向上・強化や若手研究者の育成につながる研究領域の創成をめざし、多様な研究グループによる有機的な連携のもと、新たな視点や手法による共同研究等の推進によって革新的・独創的な学術研究の発展が期待される研究に対して5年間助成される科学研究費。Aが5年間でより大規模・中核的な変革を推進するのに対して、Bは3年間で、45歳以下の若手研究者が代表を務める機動的な研究が対象。

ターコイズキリフィッシュの卵を顕微鏡で見せてもらった

ラボで飼育しているターコイズキリフィッシュ

飼育室に並ぶ水槽

———中学で習ったpHが、最先端の生命科学を解明するなんて驚きです。

これまでの生命科学では、「細胞質内のpHは不変で安定している」という前提のもとに研究が進められてきました。しかし近年、細胞質pHは常に変動のリスクにさらされていることがわかってきました。代謝異常を呈するがん細胞や、恒常性が低下した老化細胞では、pHの異常がしばしば観察されます。一方で生物がそれに応答・適応していること、またpHの変動が単純なストレスではなく、細胞自身が能動的にpHを変化させて生命活動の制御に利用していることも明らかになりつつあります。
ターコイズキリフィッシュの休眠にもpHが関わっている可能性も含め、現在pHのシグナル機構を探究中です。

———今後の研究でやりたいことはありますか?

40歳を超えたので、そろそろ社会貢献もしたいですね。たとえば近年、注目されているオルガノイド(人工臓器)は、1つつくるのに数か月から1年もかかるらしい。それを途中で休眠させられれば、患者さんや病院の準備が整ってから分化誘導できるので便利ですよね。また魚の発生時間を制御できれば、養殖魚の出荷調整にも役に立つかもしれません。
ちなみに、ターコイズキリフィッシュの3年間をヒトに換算すると約900年になるそうです。ヒトが900年休眠できたら、それこそタイムカプセルですよ! そんなことも考えるとワクワクします。

———研究でいちばん大変だったことは何でしょう。

プルキリエ先生は自由に研究をさせてくれましたが科学にはとても厳しい人で、新しい分野を生み出すような研究でないと論文を書かせてくれませんでした。データが足りない、おもしろいけど立証できる実験をやれ…とテーマを決める最初のディスカッションまでに何カ月もかかる。そこでくじけて辞める人も多かったんです。
有名な科学論文誌である「Journal of Neuroscience」や「Journal of Cell Biology」になぞらえて、「いちばん厳しいのは、彼の名前が入った"Journal of Olivier" だよね」というのが、研究室でのもっぱらの評判でした。
でも、彼のおかげで、ゼロから仮説を立て、自作実験でサイエンスを構築していくという研究者の基本を学ぶことができました。

———最後に、若い読者たちにメッセージをお願いします。

大学院生のころ、相賀先生から「何でもいい、自分の強みが1つあればサイエンスの世界で生き残れる」という言葉をいただいた話をしました。これは大きな自信になったし、今でも真実だと思っています。何かを見つけて一生懸命に磨けば、私みたいな者でも研究者になれる。小さいころの夢を捨ててしまう人は多いけれど、周りを気にせずにやり通してほしい。計算して最先端や流行をねらうのもいいけれど、科学の本質はそこじゃないと思うんです。
私の場合は、みんなに呆れられるより、自分のしたいサイエンスをやめろと言われるほうがつらいですね。そして、オフには映画や温泉も楽しむけれど、夜中にお酒を飲みながら「う〜ん。よくわからん。不思議だなぁ」とサイエンスを考えるのが大好きです。誰も結論を知らないミステリーを解いているようで、最高にエキサイティングな娯楽だと思いますよ。

(2026年3月6日更新)