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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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時計遺伝子のタンパク質合成と抑制の周期が24時間のリズムをつくる

視交叉上核が体内時計のリズムをつくり出すメカニズムは明らかになっているのですか。

いくつかの時計遺伝子と、時計遺伝子からつくられる時計タンパク質が関係しています。

いったい時計遺伝子って何ですか?

遺伝子がタンパク質の設計図だということは知っているでしょう。タンパク質にはさまざまな種類があって、細胞の形や動きに関与するものや、酵素として働いたり情報の受け渡しを行うタンパク質など、私たちの身体の中でいろいろな機能を果たしています。このうち、体内時計のオンオフのスイッチや、時計を動かすネジや歯車など“体内時計の部品”の役割を果たすのが時計タンパク質で、時計タンパク質をつくり出す設計図の暗号が書き込まれているのが時計遺伝子なのです。

時計遺伝子はいつごろ発見されたのですか?

体内時計の分子メカニズムの解明が進んだのは20世紀の後半になってからです。ショウジョウバエの突然変異体の研究をしていたカリフォルニア大学のシーモア・ベンザ―教授が、1971年に1日の長さが18時間と30時間のハエや、体内時計のリズムを持たないミュータント(変異体)を発見したのです。その後、1984年にこの変異の原因遺伝子がクローニングされ、時間の長さを狂わせることから「ピリオド遺伝子」と名づけられました。これが世界で初めて発見された時計遺伝子です。次いで1994年に第2の時計遺伝子である「タイムレス遺伝子」が、そして1997年に同じ遺伝子がマウスにもヒトにもあることが報告され、その後、次々と時計遺伝子が明らかになっていったのです。

ヒトでは時計遺伝子はいくつあるニャン?

数え方にもよりますが、現在分かっているもので十数個です。このうち主要な遺伝子が、Clock、Bmal1、Per、Cryで、24時間のリズムをつくり出す中心的な働きをしています。

そのメカニズムを詳しく教えてください。

時計遺伝子に書きこまれている暗号は、mRNA(メッセンジャーRNA)によって転写され、それをもとにして時計タンパク質がつくられます。時計タンパク質が細胞内で一定の量に達すると、今度は時計タンパク質がmRNAの働きを抑制するようになり、やがて時計タンパク質は分解されて数が少なくなります。すると、再度mRNAの転写が始まり、時計タンパク質が細胞内に満たされるようになる。この時計タンパク質の合成と抑制の周期が約24時間なんですね。これが体内時計の「コア・ループ」です。ClockとBmal1は転写を促進し、PerとCryが抑制にかかわるのです。
いま紹介した以外にも、さまざまな時計遺伝子が関与する副次的なループや、時計タンパク質の分解を調節する因子があることも、最近の研究で明らかになっています。

2種類のCLOCKとBMAL1タンパク質の複合体がPer、Cry遺伝子に働きかけると、体内時計のリズムの発振源となる遺伝子のスイッチがオンになり、PERとCRY時計タンパク質の合成が促進される。
細胞質にPER・CRYタンパク質の複合体が増えると、今度はつくり出された時計タンパク質が細胞核に入り込み、CLOCKとBMAL1タンパク質に働きかけて、時計遺伝子のスイッチがオフになり、転写が抑制される(=負のフィードバック)。この一群の時計遺伝子の転写・翻訳が約24時間の周期で繰り返される。

タンパク質が増えると合成にストップがかけられて、減ったらまた合成が始まるだなんて、まるで、上がり下がりするシーソーみたいだなぁ。

時計じかけのオレンジ

細胞内の遺伝子の発現量を網羅的に解析する「マイクロアレイ」というツールを使って、ショウジョウバエの細胞内の遺伝子のうち、どの遺伝子が周期的に変動しているかを調べたのが、理化学研究所の上田泰己博士らのチームだ。すると数千以上の遺伝子がさまざまな周期で発現しており、このうち200個がショウジョウバエの頭部で24時間のリズムを刻んでいることが分かった。2007年に、それらの遺伝子に突然変異を起こしたショウジョウバエの中から体内時計に関係する新たな遺伝子の系が発見され、この時計遺伝子が「Orangeドメイン」と呼ばれるタンパク質構造を持つことから、スタンリー・キューブリック監督の「時計じかけのオレンジ」にちなんで「clockwork orange」(cwo)と名づけられた。
このcwo遺伝子は時計遺伝子の発現を抑える働きがあり、体内時計を制御しているという。
上田博士はその後も、体内リズムの季節変動や1日を刻むタイマー機構の発見など、システム生物学のアプローチで体内時計の分子メカニズムを次々に明らかにしている。

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この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第28回
中高校生の時に抱いたナイーブな疑問をいつまでも大切にしてほしい。
東京大学大学院医学系研究科 システムズ薬理学教室
上田泰己教授