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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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体内時計がリズムを生み出す謎を可視化したい

ところで、視交叉上核の何万もの神経細胞のネットワークによって体内時計のリズムが生み出されているということなのですか、視交叉上核はどのようにネットワークを構成しているのですか?

私の専門分野がまさにそこなのです。最近の研究で、視交叉上核は均一な細胞の集合体ではなく、時計遺伝子の発現パターンや放出する神経伝達物質など、多種多様な特性を持っていること、そして、光の情報を直接受容する細胞群や、発振と周期決定を担う細胞群など領域ごとに特異的な機能があって、神経細胞同士が相互にコミュニケーションしていることなどが分かってきました。これをさらに詳しく調べるために、私は単一細胞~細胞集団レベルで、各機能を可視化する研究に取り組んできたのです。

いったいどんな技術を使ったのですか?

まず、超高感度カメラと共焦点顕微鏡を使って、細胞内カルシウム濃度の変化を指標に、4日間連続で神経活動のムービーを取りました。それがこのムービーです。

カルシウム濃度を指標にするのは、なぜですか。

簡単にいうと、カルシウムは情報を伝えるメッセンジャー役を果たしているのです。

豆が2つ並んだように見えるのが左右一対の視交叉上核。一つ一つ点滅して光っているのは、1個1個の神経細胞のカルシウム変動。全部で500-1000個程度の細胞の活動が一斉に見えている。

おや、全部一斉にではなく、リズムが早い集団と、ちょっと遅い集団と、時間差がある!

この研究では、視交叉上核には少なくとも2つの異なるリズムを刻む細胞集団が存在していることが視覚化できました。この細胞集団は通常は細胞間連絡をして同調したリズムを刻んでいるんですが、神経活動を阻害する薬剤を投与すると、独自にリズムを刻み始めるのです。

視交叉上核は多数の神経細胞からなるネットワークを構築する。特に,バソプレッシン(AVP)および血管作動性腸管ペプチド(VIP)産生細胞が領域を構成し,互いに情報連絡しあう。

その後、この研究はどのように進展してきたのですか?

体内時計のリズムを全身に送り出す出力システムを調べるためには、神経細胞の膜電位変化を計測しなければなりません。そこで、視交叉上核の神経細胞に緑色蛍光膜電位センサを発現させ、神経細胞の膜や樹状突起の軸索の活動を高感度カメラで連続撮影して観察できるシステムをつくり上げました。
分析した結果、細胞内カルシウムのリズムの波が細胞群ごとに異なるのに対して、膜電位活動は神経細胞全体が同期したリズムを刻んでいることが明らかになったのです。
つまり、視交叉上核の神経細胞ネットワークは、異なるリズムを刻む細胞群や領域が相互に連絡しあって、全体として正確で強靭なリズムを生み出しているといえるでしょう。

① 概日リズムの位相(振動や波などの周期的な運動の過程でどの位置にあるか)を疑似カラーで表示。膜電位リズムは視交叉上核組織でリズム位相が一様であり(緑~黄色),神経細胞ネットワーク全体でリズムが同期していることが分かる(左)。一方、カルシウムリズムの位相は平均値±10 時間ほどに幅広く分布しており(青~赤色)リズムが同期していない(右)。
② バソプレッシン(AVP)産生細胞ではカルシウムリズムが膜電位リズムに比べ前進している。一方で血管作動性腸管ペプチド(VIP)産生細胞では両者のリズム位相は同じ。

膜電位がリズムを刻んでいる様子だよ!