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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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神経回路の固定から学習にまでかかわるアストロサイト

まず、アストロサイトについて教えてください。

アストロサイトの「アストロ」は「星状」という意味で、脳の中を観察する組織標本染色技術が発達していなかった当時、その骨格だけを見て名づけられたのです。その後詳しい形状が判明し、アストロサイトはいくつもの突起を四方八方に伸ばした形をしていて、星というよりもまるでタワシのような形状であることが分かりました。そしてこれらの突起が枝を広げて、脳の空間を満たしていたんです。
この写真は、脳神経研究の開拓者である濱清博士が超高圧電子顕微鏡でとらえたアストロサイトの画像です。

まるで星雲のようだ!

次にお見せするのは、さまざまな色の蛍光タンパクを使って、細胞1個ずつを染め分けることができる「ブレインボウ (Brainbow) 」という技術を使って、一つひとつのアストロサイトを標識した画像です。赤、青、黄色がそれぞれのアストロサイトなんですよ。

Gabor C. Petzold,&Venkatesh N. Murthy
Role of Astrocytes in Neurovascular Coupling
Neuron Volume 71, Issue 5, p782–797, 8 September 2011
Fig2 C)より Elsevierの許可を得て転載

こんなふうに、アストロサイトが脳を覆っているってことですか?

グリア細胞の中でも、アストロサイトがニューロンや血管を取り囲むように脳全体に広がっているんですよ。なんと10万ものシナプスを覆っているといわれています。一つのアストロサイトの平均体積は約6万6000μm3ですが、表面積ははるかに大きく200万μm2もあるのです。

こんなにアストロサイトが広がっているんじゃ、「ミクロの決死圏」の医療チームは、脳内を動き回れっこありませんね。

アストロサイトの第一の働きは、このように四方八方に広がってニューロンのネットワークを固定することです。そして、もう一つ大切な働きがニューロンへの栄養の供給。アストロサイトは、突起の一端を血管に接触させ、脳のエネルギー源であるグルコースを血管から取り込んでニューロンに渡しているんですよ。

アストロサイトは広い範囲に突起を伸ばし、ニューロンはその間を縫うように神経回路を作っている。アストロサイトの1本の突起は血管に接触しており、グルコースなどの栄養を取り込んでニューロンに渡している。
工藤佳久東京薬科大学 生命科学部 名誉教授執筆 脳科学辞典「グリア細胞」より

ニューロンは血管から直接栄養を吸収しないんですか?

ニューロンは血管には接していないんです。ニューロンは再生することがむずかしい細胞で、もし血液に毒などが入っているとニューロンは死んでしまう。そこでアストロサイトが仲立ちをすれば安心というわけです。

そうか、アストロサイトはまるでお殿様の毒見役みたいだなあ。

ニューロンにとって栄養が途絶えたら大変! アストロサイトはとても重要な役割を果たしているんですね

ニューロンへのエネルギー供給以外にも、アストロサイトはこのように脳全体に広がって、アストロサイト同士や他のグリア細胞とコミュニケーションを取ったり、突起の一部をシナプスに伸ばし、神経活動が効率的に行えるよう、必要な神経伝達物質を放出したり、不要な神経伝達物質を除去したり、神経回路機能の調節をしているんです。

例えばどんな神経伝達物質をやりとりするんですか。

アストロサイトは、グルタミン酸やATPをはじめ、ほとんどすべての神経伝達物質の受容体を持っています。一例を挙げましょう。私たちが眠くなるのは、アデノシンという睡眠を誘発する物質が脳内に蓄積して「睡眠圧」を高めるからだと考えられています。そのアデノシンは、アストロサイトがATPを放出してつくり出すもので、徹夜などをするとアストロサイトが眠っていないことを感知して、「もう眠らなくてはだめだよ」と、ATPを放出して眠るように仕向けているんですよ。

へえ、ぼくが勉強していてすぐに眠くなるのもアストロサイトのせいなんだ!

いや、ケンタ君の場合、ただ勉強が嫌いなだけの話だと思うのだニャン。

みなさんの学習活動にもアストロサイトは関係が深いんですよ。マウスの記憶力や学習力を調べる「恐怖条件付き学習」という実験があります。これは、ケージに入れたマウスに電気刺激を与えたり、電気刺激を与えながら音を聞かせたりする実験です。この実験で、記憶や学習に関係している海馬領域にヒト型のアストロサイトを移植したマウスを使い、どのくらい早く恐怖に対して反応するかを調べました。 するとヒト型のアストロサイトを移植したマウスは学習能力がぐんと高まりました。しかし、他のマウスのアストロサイトを移植したケースでは、学習能力は変わらなかったのです。

マウスとヒトのアストロサイトとでは違いがあるということですか?

ヒトのアストロサイトは、マウスのそれよりはるかに大きくて複雑な形をしています。脳が高度化するとともに、アストロサイトも進化しているんです。そして、その進化したアストロサイトは、記憶に関係する海馬領域と何らかのコミュニケーションを取っていて記憶や学習を強化していると考えられます。