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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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オリゴデンドロサイトは髄鞘づくりのエキスパート

オリゴデンドロサイトはどんな細胞なんですか?

オリゴデンドロサイトは、小型で突起が少ないグリア細胞です。「オリゴ」とは「少ない、まれ」を意味し、「デンドロ」は「突起」を意味していて、日本語名でいうと「希突起膠細胞」です。主に、中枢神経系のニューロンの軸索が集まっている白質部分に存在しています。白質が白く見えるのは、オリゴデンドロサイトの色なんですよ。

オリゴデンドロサイトはどんな特徴を持っているのですか。

ニューロンの軸索に何重にも巻き付いて、髄鞘(ミエリン鞘)を形成しているんです。髄鞘の断面を見ると、ほら、バウムクーヘンのようでしょう。1つのオリゴデンドロサイトからは、少ない場合は1~2本、多い場には50本もの軸索に突起を伸ばして巻き付いているんですよ。

断面を電子顕微鏡で見たもの(濱清先生提供)

わーお! ぼく、バウムクーヘンが食べたくなっちゃったなぁ。

ケンタ君はすぐこれだからニャー。

軸索に巻き付いてどのような働きをしているんですか。

みなさんは脳内の情報伝達は、軸索を通る電気信号によって行われることを知っているでしょう。電気信号はイオンチャネルでのイオンの出入りによって生じるのですが、オリゴデンドロサイトが一定の間隔ごとに絶縁テープのように軸索に巻き付いて髄鞘を形成しているので、イオンの漏れがなくなり、活動電位が途中で減衰することなく、絶縁した部分を飛び越して伝わっていくのです。このことを「跳躍伝導」といいます。
つまりオリゴデンドロサイトは、髄鞘をつくることによって、情報伝達のスピードアップに寄与しているというわけです。

髄鞘がない場合は、どれくらいのスピードで軸索を伝わるんですか。

髄鞘がないと、秒速1〜2mぐらいです。これはヒトがゆっくり歩く程度のスピードですね。

それじゃ、危ないときに素早く反応できないわ。

そこでオリゴデンドロサイトの出番なんです。髄鞘を形成することによって、秒速100mぐらい、時速にすると360kmで新幹線並みに高速化されるというわけです。

50〜100倍もスピードアップするんだ!

軸索は情報伝達だけでなく、シナプス領域で必要なタンパク質などの物質も輸送しているんです。ここで一つ、みなさんにクイズを出しましょう。軸索の太さを列車のトンネルぐらいに広げると、細胞体から軸索の先端のシナプスまでどれくらいの距離になると思いますか。

1.
東京-大阪間
2.
北海道-鹿児島間
3.
東京-パリ間

正解だと思う番号をクリックしてね!!

答えは3の東京-パリ間。軸索を輸送系と考えた場合、列車の輸送速度は情報の伝達速度より遅く、80 km/hくらいと、普通の列車のスピードになります。この速度でパリまでエネルギーを補給しようとするとたいへんな時間がかかってしまいます。そこで、エネルギーは現地調達するんですね。
先ほどアストロサイトが血液からグルコースを取り込んでニューロンに届けているという話をしましたが、最近の研究で、血液-アストロサイト-オリゴデンドロサイト-軸索というルートの存在が明らかになってきました。髄鞘を介してオリゴデンドロサイトがエネルギーを軸索の前線基地に送っているというわけです。

髄鞘はいつ形成されるのですか。

脳は生まれたときにすでに完成しているというわけではありません。脳の発達段階である幼若期には、まずニューロン同士が片っ端からシナプスを形成します。1つの神経細胞あたり1000〜1万個も仮のシナプスが作られますが、成長につれ不要なものが壊され(=シナプスの刈り込み)、最適なものが残ってシナプス結合が強化されていくのです。そして神経回路ができたあとに、オリゴデンドロサイトの働きで髄鞘が形成され、神経回路の高速化が進むというわけです。

髄鞘を形成したオリゴデンドロサイト

髄鞘は一斉に形成されるんですか?

いいえ、脳の部位によってもシナプスの刈り込みと髄鞘形成の時期が異なります。聴覚や視覚に関わる領域のほうが運動系の制御をする部分よりも成熟が早く、高度な認識をつかさどる前頭葉ではさらに遅いのです。ヒトの場合、20歳ぐらいまで髄鞘形成が続くといわれています。また、環境からの刺激や学習や経験によっても、脳の成熟に違いが出てきます。

脳の発達については、森の教室 シリーズ2「第8回 脳の形成と自閉症」を参照してね!

ということは、個人差も大きいんでしょうか?

髄鞘が早くできる人と、遅くなってできるタイプの人がいます。幼いころは物覚えが早くて神童と言われながら、大人になったら「ただの人」という場合もあれば、反対に幼いころはぼーっとしていて授業にも集中していなかったのに、高校生になったら急にどんどん成績が伸びるタイプがいますよね。断定はできないけれど、髄鞘の形成時期の早い、遅いと関係があるのではないかという仮説は立てることができると思いますよ。

ぼくは、どちらかというと髄鞘形成が遅いタイプなのかなあ。

学習することによって髄鞘が変化することはないのですか。

最近の研究で、マウスに運動学習をさせると髄鞘が増えることが分かってきました。オリゴデンドロサイトが増殖できないようなマウスをつくり、髄鞘形成を阻害したところ、運動学習ができなくなったという研究があります。運動学習をすると逆に髄鞘が増えることも分かりました。さらに興味深いことに、光遺伝学の手法を使って運動野の錐体細胞を光刺激すると、運動学習をしないのに髄鞘形成が進み、その場所に対応する運動機能が改善されたのです。つまり、髄鞘が形成されることで運動学習が成立するというわけです。

これまで、ニューロンのシナプスには可塑性があってそのことが記憶や学習に大きく関係するということを学びました。髄鞘にもそうした可塑性があるのですか?

そうですね、私たちの脳の中には軸索や髄鞘などが構成する白質と、細胞体の集まりからなる灰白質の部分があります。実は、マウスとヒトの脳を比較すると、ヒトの方が白質の面積がはるかに大きい。以前は白質部分は単なる情報の通り道だと考えられていたのですが、進化した動物の方に白質が多いのは、通り道だけではなくもっと違う機能があるのではないかと考えられるようになりました。
学習することによって、オリゴデンドロサイトが髄鞘を発達させるとしたなら、そうした可塑性もあると考えられるでしょう。実際、オリゴデンドロサイトが学習や認知機能など脳の高次機能に関係があるという論文が、次々に発表されているのです。